◎プロサッカーコーチ――湯浅健二氏に聞く
サッカーとビジネス社会には共通する要素がある。監督も経営者も結果が常に求められており、どちらもリスクにチャレンジしなければ成長できないというのも同じだ。折しも「アジアカップ」が開催され、オシム・ジャパンがどう戦うかに注目が集まっている。そこでプロサッカーコーチの湯浅健二氏に、「サッカー監督に学ぶ勝つためのマネジメント」を聞いた。
――サッカーという競技は、ビジネスひいては世の中の縮図といってもいいと思いますが、湯浅さんは『サッカー監督という仕事』という本の中で、サッカー監督にとって最も重要な資質は“パーソナリティー”だと指摘しています。その理由を説明してください。
湯浅 ここでいうパーソナリティーとは、「プロ選手たちを、チーム共通の目的・目標達成へ向けて最大限の力を発揮させることができる、個性的な能力や人間的魅力」のことを指します。人を引っ張る力、心を動かすことができる力のことです。英国ではサッカー監督を「チームマネジャー」と呼んでいます。また、私がプロサッカーコーチのライセンスを取得するために留学したドイツでは優れた監督のことを「フィンガー・シュピッツェン・ゲフュール」と表現します。つまり「あの監督の、指先のフィーリングはいいね」といえば、人間的な魅力があって、選手の心を動かすことができる人という意味です。
なぜ、パーソナリティーが監督にとって最も重要なのかといえば、いくら頭が切れ、知識や知恵があっても、その人の人間性が悪ければ、人はついてこないからです。それはビジネスの第一線にいる、読者のみなさん方なら、おわかりかと思います。
――今、そうしたパーソナリティーを持っている監督といえば、誰が該当しますか。
湯浅 何人かいますが、その一人は間違いなくイビチャ・オシム日本代表監督です。理由は、こういうと失礼かもしれませんが、超一流がいない、あの「ジェフユナイテッド市原・千葉」を短期間で強いチームへと変えたからです。実際、就任3年目で初のタイトル「ヤマザキナビスコ杯」(2005年)を手にしています。その腕前は、まさに「指先のフィーリングがいい監督」なわけですよ。
――そのオシム監督は、3連覇のかかる「アジアカップ」に挑むわけですが、どういう戦い方をされると予想していますか。
湯浅 組織サッカーをやるでしょうね。サウジアラビアやイランなどの選手はみな身体能力に優れていますが、組織力という点では日本の方が断然上です。また、オシム監督は「今回のアジアカップは勝つことに重点を置いている」と言っていることから、相手のキープレーヤーをマンツーマンで潰すようなサッカーを行うのではないかと見ています。それは、“こすいサッカー”をやるということです。なぜか。蒸し暑いベトナムでは彼が目指す「走るサッカー」はほとんどできないからです。オシム監督は、メディアの前では「オレのサッカーをやるだけさ……」とかっこいいこと言っていますが、私は彼が百戦錬磨の監督ゆえに、こすいサッカーをやってでも勝ちに行くと思います。
――それはやはり能書を並べても、肝心の公式戦で負けたら意味がないということなのでしょうね。
湯浅 ええ。そういうことは、ビジネスの世界でもありますよね。普段は“お客様第一”を唱えている会社でも、目の前のクライアントを落とすためにあの手この手を使うことはよくある話です。オシム監督は、その辺のバランスの取り方がうまいというか、手練手管に長けています。ゲーム内容によってはロッカールームで選手に雷を落とすかもしれません。が、それも計算ずくで、手練手管の一つですよ(笑)。
――湯浅さんは、本の中で「サッカーは理不尽なボールゲームである。通常のビジネスと同様、結果を出すための“唯一の正解プレー”などない」と書いています。それは要するに、変化に柔軟に対応できる選手を育てることが監督の重要な仕事ということですか。
湯浅 その通りです。通常のビジネスでもそうですけれど、ボールは常にイレギュラーしますから、戦術(計画)通りにコトを運ぼうと思っても、なかなかそうはいきません。そこで「選手が走りながら考え、臨機応変に対処できる」ように指導するのが監督の仕事です。それは戦術的にいえば「組織プレー」と「個人プレー」をいかにうまくバランスさせるかということであり、「規律厳守」と「限りなく自由」をいかにバランスさせるかということでもあります。
規律厳守というと、例えば監督がA君に「B選手をずっとマークしなさい」と指示したとします。それを守ることが規律だと思われがちですが、違います。B選手を守るのは当然ですが、仮にこっちの方で、誰か味方のマークミスでフリーなC選手が出てきたら、自分がマークするB選手を放り出してでもC選手につき、ディフェンスしなければなりません。このように、状況に応じて柔軟にディフェンスすることも、実は規律なのです。A君がいくら「私は監督の指示された通りに守りました」と言っても、相手に点を取られ、試合に負けてしまったら、守っていたことにはならないからです。
――この規律厳守と限りなく自由というのをビジネスの世界、例えば営業所に置き換えて説明していただけませんか。
湯浅 仮に部下が11名いる営業所の所長(D氏)をサッカー監督とすれば、そこでの規律とは、営業マンは担当する取引先をこまめに回って信頼関係を築き、継続的に注文を取り、自分に課せられた目標売上を達成することだといえます。他方、限りなく自由とは、組織(会社)の目的に合致した中で、個人(営業マン)技を発揮するということです。それは例えば営業マンが取引先の担当者と面談している中で、次の製品開発につながるようなヒントやニーズなどをすくい上げ、それを会社にフィードバッグすることを指します。どのように顧客ニーズなどを聞き出すかは、最終的にはその営業マンの腕(個人技)なわけです。
つまり自分勝手なプレーは組織として許されないが、「点」(売上アップや顧客満足向上)につながるようなアクションならやってかまわないということです。逆にそうしたプレーを押さえつけると、組織の風通しが悪くなったり、リスクにチャレンジする気概が失われたりします。だから規律厳守と限りなく自由のバランスをいかにとるかが強いチームを作るうえでは重要で、これを行うのが営業所長(監督)の仕事です。
――会社が成長・発展するためには、失敗を恐れずに「革新」することが重要ですが、それはサッカーの場合、どういうプレーを指すのでしょうか。
湯浅 「クリエイティブなムダ走り」だと思いますね。オシム監督は、これを次のような方法で選手に指導しています。例えば、監督がE選手に「あそこのスペースにパスしなさい」と命令します。しかし、E選手は「今パスを出したら、相手のボールになってしまいます」と答えると、「いいからパスしろ」と言われ、その通りにパスしました。案の定ボールを奪われてしまい、E選手は苦しい守備に戻ります。ところが、また同じように、あそこのスペースにパスを出しなさいと言われ、その通りにしたら、再びボールを取られてしまった。普通こんなことを何度もやらされれば、選手は文句たらたらになり、チームも一体感を保つのが難しくなります。
にもかかわらず、なぜオシム監督はそんな指示を出したのか。答えは、パスを出してボールを奪われたE選手に落ち度があるのではなく、それをイメージして走ってこなかった味方の選手にあることを、選手に認識させたかったからです。結局は、ムダ走りになってしまうかもしれないが、勝負のパスを受けるために、「決定的なスペース」へ何度でも走り込むことがいかに大切であるかを教えたかったわけです。
よくサッカーはボールのないところで勝負が決まるといわれますが、やはりパスを受ける選手がしっかり走らなければサッカーにならないのです。しかし、日本ではフリーランニグ(パスを受ける動き)を行ってもあまり評価されません。欧米ではボールがないところで何をやっているのかまで、すべて評価の対象になります。そこが日本と欧米の一番の違いです。
――つまり次の展開をイメージしてスペースに走っていくというのは、たとえ無駄骨に終わっても叱られるようなものではなく、むしろ評価されるべきものであり、それはマーケティング的にいえば“ビジネスチャンス”に挑むということですか。
湯浅 そうです。
――すると、先ほどの営業所の話でいえば、担当する得意先だけ回るのではなく、別なところに存在する“ロイヤルカスタマー”を見つけることも、リスクを犯してスペースに走り込むという行為に相当しますね(笑)。
湯浅 します(笑)。例えば既存の得意先を回っているとき、偶然同じビルに最近テレビCMを流して注目されている会社が入居していたとします。このとき黙って帰社するか、それともダメもとで飛び込み営業をかけてみるかでは、その後の局面は違ってくるでしょう。断られるかもしれないが、チャレンジしてみなければ、その会社と取引することはできません。
従来の業界の常識を覆して、新しいビジネスを始めた経営者というのは、みんなリスクにチャレンジして、ものにした方ではないでしょうか。例えば、かつてステレオといえば部屋の中で聞くものとされていたのを、屋外でも聞くことができるようにした『ウォークマン』とかですね。その意味では発想の転換がスペース(ビジネスチャンス)を見いだすことになるともいえます。
――サッカーで試合に負けたとき、監督は選手にどんなふうにハッパをかけるのですか。
湯浅 ケースバイケースですが、いわゆる「心理的な悪魔のサイクル」に陥り、自分たちのプレーができていない場合、監督から「何やっているんだ。お前らそれでもプロか。サポーターから腐った卵をぶつけられて当たり前だ」と言われたりすることはありますね。わざと刺激的な言葉を放って、選手たちの怒りを引き出し、それをモチベーションに変えようとするわけです。
誰でも面と向かって怒鳴りつけられれば嫌な思いをします。下手をすればトラウマ(心的外傷)になるかもしれない。しかし、自分が本来走って守るべきところをサボったことで、相手に点を入れられてしまった場合、監督に「君の今日の仕事は最低だ。それは君自身もわかっていると思うが……」と言われると、カチンと頭にくるものの、自分にも非があるため心の中で葛藤します。つまり、その監督が人格的にしっかりしていて選手から信頼されているような人であれば、叱られたことを発奮材料にして燃えるわけです。が、その“怒り”はその場限りで、根に持たれることはありません。これはビジネス社会でも応用できる話かと思います。
――その意味ではパーソナリティーとは“徳”のある人といえそうですね。徳のある人からきついことを言われても、すんなり心に入りますし、後で感謝したりすることもあります。
湯浅 そうかもしれません。一般に選手のモチベーションを高めるため、監督は飴と鞭の両方を使い分けしますが、オシム監督はほとんど誉めません。言いにくいことをガンガン言います。でも、おっしゃる通り徳のある方なので、選手から一目も二目も置かれています。彼は自分のプライドを保つために選手を叱ったり、人を利用したりする人間ではないことを選手たちはよく知っているからです。
オシム監督の口癖は「もっと走れ!」です。それが大切であることは、実はどの監督もよく知っているのですが、日本人の監督がそれを言うと、「そんなかっこ悪いサッカーできるか」と選手たちからそっぽを向かれてしまうきらいがこれまでありました。しかし、オシム監督は「走れない選手は使わない」という評価(採用)基準を明確にすることで、そんな風潮にくさびを打ち込みました。あの中村俊輔選手でさえいま必死に走り出しているのがその何よりの証拠です。そこにオシム監督の“凄み”を感じますね。
(インタビュー・構成/本誌・岩崎敏夫)
(注)このインタビューは「アジアカップ」が開催される前の6月26日に行われたものです。