≪戦経Interview≫

◎関西大学教授 木村洋二氏に聞く

“aH”マシーンで笑いの謎を科学する

笑いの力は偉大だ。ストレスを解消し、免疫力を高め、人をリスタートさせるパワーも秘めている。笑いを数値化する世界初の装置「笑い測定機」は、それを科学で検証するために開発された。笑いのメカニズムを30年にわたって研究し、そのマシーンの開発者でもある、関西大学の木村洋二教授に聞いた。

木村洋二氏
プロフィール
きむら・ようじ●1948(昭和23)年青森県八戸市生まれ。京都大学文学部卒(社会学専攻)。京都大学大学院時代に関西大学社会学部助手に就任。1970年代末のこの時期に大笑いを体験。以来30年にわたって「笑い」を研究している。著書に『笑いの社会学』などがある。

――今年2月の発表以来、「笑い測定機開発」のニュースは世界を駆け巡りました。その要因の1つに「aH」という笑いの単位をつけたことをあげておられますね。

木村 ええ。「aH」と書いて「アッハ」と読ませています。これが「エッヘ」とか「イッヒ」では、ここまで話題にならなかったと思います。AFP通信はじめ各国メディアが一斉に報道しました。
 当初は「AHA」にするつもりでした。ところが英語圏ではこれを「アーハー」と発音し「なるほど」という意味の言葉で使っている。悩んでいたら夜明けに「aH」が浮かんだのです。どこかのブログが、大きい単位はギガだから、超大笑いはガッハ(GaH)にしたらどうかと書いていましたが、大歓迎ですよ(笑)。

――笑い測定機はどんな仕組みでできているのですか。

木村 正式名は「横隔膜式笑い測定機」です。笑いに特異的な横隔膜の振動パターンをEMG(節電計)で計測し、笑いの量や質を客観的に解析するためのものです。

――横隔膜で笑いを測定する?

木村 そうです。この試作機開発は、笑いによって脳内に発生した物質が横隔神経の興奮を経て横隔膜の振動を起こすという、ぼくの長年の仮説をもとに進めてきました。問題は横隔膜の振動をどうやって測定するかという点にあった。
 そのヒントをくれたのがゼミの卒業生です。父親をガンで亡くし緩和医療のために針灸師をしている彼女が「横隔膜って剣上突起で身体とつながっているから、そこを測ったみたらどうですか」と教えてくれた。実際に筋電計で測るときれいな波形がとれました。まさにコロンブスの玉子です。

――実験で仮説の一部が証明されたわけですね。

木村 ええ。横隔膜とともに大頬骨筋と腹筋にも電極をつけて比較実験したところ、表情や声を抑えた吹き出し笑いでは横隔膜だけが反応したのに対し、愛想笑いでは大頬骨筋が反応しても横隔膜は反応しませんでした。つまり横隔膜は本当におかしいときだけふるえる正直ものだということです。ちなみに爆笑は1秒あたり5aH以上が表示されました。

――実験ではほかにはどんなことがわかりましたか。

木村 笑いはシンクロすることが確認できました。つまり笑いはうつるということです。笑っている人と目があうとつられて笑いだし、その笑いが増幅していくんです。
 人には笑いに鈍い人、敏感な人がいます。それを調べようと3名の女子学生の前で紙製のヘビが飛び出すびっくり箱を開けたわけですが、タイミングが悪く、1人だけあさっての方を向いていた。ところがよそ見していたはずのそのB子さんがある時点から遅れて笑い始め、87aHを記録するほど大笑いをしました。

――ほかの2人の状態は?

木村 机に突っ伏して大笑いしたA子さんは30秒間で215aH、C子さんは笑みをこぼした程度で1aHでした。それでこの様子を撮影したビデオを後で分析すると、B子さんは笑い始める直前、わずか0.5秒ほど爆笑するA子さんと目を合わせていた。シンクロはこのアイコンタクトをきっかけに起きたのです。本人たちに自覚はなく、無意識のうちに行われていました。笑いは人にあげて減るどころか増えていくわけです。

■悪友と3時間、笑い転げる

――ご専門は社会学ですが、何をきっかけに笑いを研究するようになったのですか。

木村 30年ほど前の助手時代に、悪友たちと裏山で摘んだキノコの鍋をつつきながら宴会をして、笑いが止まらなくなったことがあります。天井からぶら下がる裸電球がおかしいし、外に出て見上げた月も、笑い続ける友人たちの姿もおかしい。親友にSOSの電話したくてもダイアルはなかなか回せないし、きちんと話もできない。3時間、腹を抱えて笑い転げました。それから1週間、横隔膜に痛みが残りました。そのあまりのバカらしさとおかしさのなかで、人生観が変わりました。
 ぼくは全共闘世代です。それまで世の中の不合理を見つけては否定し、思想的に一貫して生きることが自分たちの人生の方向なんだと、常に“意味”を求めて生きていました。ところが笑い転げるなかで、その意味がすっぽ抜けた。生きてることには何の意味もない、しかし生きてることは実に素晴らしく愉快なんだと。そのとき空っぽになることのパワーを実感しました。それがあまりにも衝撃的だったので、笑いの謎を解くことは自分の仕事だと考えるようになったんでしょうね。

――笑いのパワーを掘り下げて考えた研究というのはそれまでなかったのですか。

木村 哲学者のアリストテレス以来、デカルトやホッブス、カントなどが論じた内容は蓄積としてあり、それを引用して講義もできます。でも本当のところ、人間はなんで笑って、それが人間にどんな意味があるのかといったことを、シンプルに体系的に考えた人はほとんどいませんでした。
 そうしたなかで、ハーバート・スペンサーは、笑いの反対は泣きではなく驚きだと論じた。例えばウォーッというライオンの声がして、ステージからネズミがちょろちょろ出てきたら、皆さんワハハッと笑いますね。つまり高まった出力が予期したものより低くなったとき――彼はこれを「ズレ下がり」といっていますが――その余剰化した出力を放出するのが笑いで、その反対の「ズレ上がり」は出力不足で驚きを生むと喝破しているわけです。

■末期ガンの患者も延命

――木村さんがまとめた「笑いの統一理論」というのは?

木村 ええ。それはスペンサーのいう「余剰出力」をキーワードにしています。でもスペンサーがいうように落差による放出だけで、乙女たちが“箸が転んだ”といって大笑いするでしょうか。小さな笑いは生んでも、笑いの本体ではないように思います。笑い本来のメカニズムはこの落差を条件として負荷をはずしてしまいます。
 何年か前、学部長がぼくを「こちらが関西大学のビン・ラーディンです」と父兄に紹介して大爆笑を誘ったことがありました。確かに少し似ています(笑)。でもなかには笑わない人もいた。この場合は大学教授をテロリストと一緒にしたら失礼ではないかという抑制が働いたわけです。
 もう1つは、阪神淡路大震災の被災者が、知人から「お宅はどうやったん?」と聞かれて、「うちは貴乃花や」と答えたという実話があります(笑)。その頃、横綱の貴乃花は全勝街道を驀進していました。つまり全勝を“全焼”にかけて大笑いしたわけです。

――被災者の方は家の焼失やこれから予想される苦労を笑い飛ばすことによって、いっとき頭の中を空っぽにしたわけですね。

木村 そうです。負荷がはずれるそうした状態を、ぼくは負荷離脱と呼んでいます。人間はプフッと笑った瞬間、空っぽになれます。すると、心と身体をつなぐトランスミッションのギアがニュートラルに入り全出力が余剰となって意識野にあふれだし、独特の愉快感を生み出します。それによって人はリスタートされます。笑いにはそういうすごい力があるわけです。

――なるほど。この一連の仮説が木村統一理論ですか。

木村 そうです。(1)ズレて(2)ハズレて(3)ヌケて(4)アフレる――の4段階ですね。先ほどのケースで説明すれば、ぼくとビン・ラーディンのイメージの「ズレ」のため、脳内で精神防衛のメカニズムが「ハズレ」る。その結果、テロリストの恐怖も大学教授の威厳も「ヌケ」て空っぽになります。さらにギアがニュートラルになって、全出力が余剰となって脳内に「アフレ」だし愉快感が生まれます。

――その脳内にあふれだす物質が神経回路を通じて横隔膜を振動させるということですね。

木村 ええ。その伝達物質が何であるかは不明ですが、それが免疫系に作用したりストレスを減らしているのは確実です。笑いにはそれだけのパワーがあります。脳科学が驚異的発展を遂げている現在、笑いの中枢や笑いの伝達物質が発見されるのも時間の問題です。

――末期ガンの患者さんが笑うことによって延命したという話をよく聞きます。

木村 ええ。日本のホスピス医療の先駆けといわれる淀川キリスト教病院の柏木哲夫医師から興味深い話を聞いたことがあります。
 末期ガンのおばあちゃんがだんだん食べられなくなり、あと2週間くらいの余命というときに柏木さんが回診に行くと病室はさすがに重苦しい雰囲気でした。それで思わず「そうですか、喉を通りませんか。あのトロなんかだったら通りませんかね」といった。すると、死にかけたおばあちゃんが「トロやったらトロトロ入るかも知れへんな」といってひと笑いし、さらに付き添っていたご主人が悪乗りして「わしもトロい男やけど、トロでも買いにトロトロ行ってくるわ」と笑ったそうです(笑)。そのトロを実際に食べることもできて、亡くなるまでの数週間、おばあちゃんの人生はまったく違うものになったそうです。

――人間、頑張るだけではだめなんですね。

木村 フルアクセルで走ることとニュートラルギアを上手に使い分けることが肝心です。中小企業の経営者なども突っ走るだけではなく、どこかで上手に荷物を下ろしひと笑いすることで、新しい元気がわいてくるのだと思います。そうしないといつかフリーズする。だから、ぼくはバイオコンピュータをリスタートさせる秘密のボタンが笑いだといってるわけです。

■笑いを科学する土台

――ところで笑い測定機にはどんな活用法があるのでしょう。

木村 笑いは健康にいいと昔からいわれていますが、測定機によってそれを科学的に検証できます。笑いと免疫力向上の関係を研究している医師もすでにいます。笑いの量が測定できれば、そうした研究にもはずみがつきます。お医者さんから「今日は200aH笑い方が足りませんね」といわれるような時代がいずれ来るはずですよ。
 また笑いはシンクロするといいましたが、測定機を使えば赤ちゃんとお母さんなど家族の関係を密にすることもできます。秋田県の児童殺人事件などは赤ん坊のときにあまり母子が一緒に笑えなかったのではないかという気がします。今後自治体の応援を得て「赤ちゃんと笑おうプロジェクト」をすすめるつもりです。
 それ以外にも、人類の進化や心の解明、長寿と笑いの関係など、測定機の用途にはさまざまな可能性があります。

――近々、単行本も出されるとお聞きしています。

木村 ぼくは編著者という立場ですが、9月末には『笑いを科学する〜ユーモアサイエンスへの招待』(新曜社)という書籍を刊行します。日本笑い学会会長で関大名誉教授の井上宏さんはじめ、笑いの謎の解明に取り組んできた社会学者・心理学者・脳科学者が正面から笑いの科学に取り組んだ初めての研究書です。
 それと笑いを科学する雑誌ということでは本邦初、世界でもめずらしい『笑いを科学する・創刊号』(松籟社、1500円)も出版され、こっちはすでに書店に並んでいます。笑いの謎を解明することをめざしてユーモア・サイエンス学会が創刊した学術研究誌で、笑い測定機をめぐる秘話も紹介されています。

(インタビュー・構成/本誌・ 坂本茂)