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森喜朗首相は所信表明演説で、IT革命を起爆剤とした経済発展、21世紀型社会資本の戦略的整備などを通じて 日本経済の新生と大胆な構造改革へ取り組む意向を明らかにした。その柱となるのが世界最高水準の「スーパー電子政府」の実現だ。2003年を目標に着々と準備が進められるなか、市町村が取り組むべき課題とは何か、大山永昭教授に聞いた。



◆ミレニアム・プロジェクトの柱として、「電子政府」への取り組みが本格化しています。これまで行政事務の合理化を中心に情報化を進めてきた市町村も、従来とは違う視点でコンピュータ活用をとらえていく必要がありますね。
大山 
おっしゃる通りですね。電子政府実現への第一歩は、まず市町村が役所内の情報化を行うことです。改めていうまでもないことですが、地方分権の時代を迎え市町村には「行政のスリム化」が求められています。これは行政の作業効率を上げ、人員を最適に再配置しようということです。これからは、市町村は住民に一番身近な存在として従来以上に充実した良質のサービスを提供していかなければなりませんが、右肩上がりの時代と違って職員増が見込めないいま、情報システムは必要不可欠です。ところが市町村の現状を見ると、庁内ネットワークさえ構築していないところが多くあります。これでは、いくら電子政府というインフラが整備されても結局“紙”へ出力して処理することになりかねません。
 また、もう一つ大事なのは、社会的・経済的コストの削減を進める必要があるということです。いまの日本は非常に高コスト構造となっていますが、国際競争力をつけ経済再生を図るためにはコスト低減は欠かせません。例えば、我われは住民票をもらうために会社を休んで、つまり生産活動に当てる時間を削って役所へ行くわけです。一方、市町村は人件費というコストを使ってこれに対応しています。これに両者が費やす時間と手間を考えると大変なコストの無駄遣いでしょう。一般の商取引でも流通経路が複雑になるほどトータルコストも増大します。逆に、これを簡素化すればコストを抑えることができます。行政手続きも同じで、いかに時間と手間を短縮するかが重要です。市町村はいま、そういうことをしっかりと考えるべきでしょうね。

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◆なるほど。そういわれると具体的に何をすべきか見えてきますね。海外では90年代の初めから電子政府への取り組みが行われてきたわけですが、市町村が参考とすべき事例はありますか。
大山 
電子政府という目標は同じですが、国によってアプローチの仕方が違うため、そっくりそのまま参考となる事例はありません。例えば、シンガポールでは個人の情報はすべて国が管理しているため、一ヵ所に本人であることを言って申請目的を伝えれば、あとは行政機関内部で相互に必要な確認を行うという制度になっています。ヨーロッパもどちらかといえばこの形式に近いものです。いま電子政府として成功しているのは、大抵こうした国家が情報を管理しているケースです。
 これと相対峙するのが日本で、悪い言い方をすれば徹底した縦割り行政のため、住民基本台帳・運転免許証・年金・健康保険などそれぞれのシステムがリンクしておらず、また相互に「誰がどの登録番号か」をつなぐようにもなっていません。そのため、例えば住民票をどこへ出すかはもらった本人が判断し提出することになっています。つまり、日本の制度は個人情報を統一的に管理するという考え方に立っていないわけです。

電子政府実現に必要な3つの対策「制度・法律」「運用」「技術」

◆頭では理解できても、「サイバー空間」と現実の「物理的空間」との間のギャップに戸惑う人も多いでしょうね。
大山 
そうですね。拒絶感を持つ人もいるでしょうが、サイバー空間で社会活動をする人は今後確実に増えると思いますよ。“サイバー”などと象徴的な表現をされることが多いのですが、私は物理的空間がサイバー空間に置き換わるのではなく、2つの世界でまったく同じように社会活動ができるようになるととらえています。どちらを選択するかは個人の自由なんです。確かにサイバー空間には、なりすましやデータの改ざんなどのリスクはありますが、だからといって「サイバー空間には、こんな法律が必要」というのは却って社会に混乱を招くことになりかねません。両世界のルールはできるだけ統一されるべきであると思います。
◆その場合、いくつかの要素があると思いますか
大山 
「制度・法律の整備」「運用組織的な対策」「技術的な対応」の3つの要素がありますね。この3つのバランスをうまくとることで、最適な仕組みを創造することができるでしょう。
◆制度・法律ということでは、今国会で登記情報を基に企業を電子認証する『商業登記法等の一部を改正する法律案』が可決されました。また、個人については電子署名法の整備も進められていますが、これは自治省が進めている『住民基本台帳に基礎を置く個人の電子認証制度』になるのでしょうか。
大山 
いま一番コスト的に安く、かつ安全性が高いといわれているのが電子署名で、これが電子政府の基盤となるといっても過言ではありません。ただ、個人の認証では個人をどう定義するかという問題があります。日本には、いわゆる「認め印」と「実印」の世界が存在しますが、例えばキオスク端末で公共施設の予約をする場合に「実印」機能を持つ本人確認までは必要ないでしょう。こうした場合、国が認定した民間認証局を活用しようというのが通産省・郵政省・法務省が整備を進めている「認め印」の世界の話です。
 一方、より厳格な本人確認を必要とする「実印」の世界については自治体を活用しようと考えられています。これが「住民基本台帳に基礎を置く個人の電子認証制度」です。これについては自治省の研究会『地方公共団体における個人認証基盤検討委員会』(平成11年12月〜12年3月/座長・大山教授)で検討を行い、いま報告書をとりまとめているところです。具体的には、自治体から発行されるICカードに実印の電子版を載せるような仕掛けが考えられています。
◆「運用」あるいは「組織的な対策」とは、どういうことなのでしょうか。
大山 
個人情報保護の問題で考えるのが分かりやすいと思います。いま、情報保護で自主規制をかけようという動きがありますが、これは法律には基づきませんし新技術を使うわけでもありません。もしこれを法律や条例で保護しようとすると、社会的な制裁は明確になりますが、例えば罰金が50万円でも1000万円で情報が売れれば売買はなくならないでしょう。法律だけの効力には限界があるわけです。では自主規制で保護するとどうなるかを考えてみます。この場合、自分たちが扱う情報において自分たちが適切に判断することが求められます。何かあれば社会的な信用を失うことになる場合には、例え1000万円でも情報を売ろうという人はぐんと減るでしょう。お金よりも社会的な信用を失う方が大きいですから、そこで歯止めをかけることができるわけです。もちろん場合によっては法律が効果的なケースもあるでしょうが、要は運用か法律か二者択一ではなく、2つをバランスよくかみ合わせることが大切です。

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これからはサービスを売る時代問われる個々の市町村の力量

◆技術的な対応ということでは、やはりICカードが注目されます。
大山 
そうですね。法律では「ICカードは希望者だけに配布する」とされていますが、住民の利便性を考えればICカードで住民票や印鑑登録証明の広域発行をできるようにするのは当然であると思いますよ。未だに「自分の情報が他人に読まれるのでは…」という不安感はありますが、技術的にはかなりのレベルで安全性が確保されています。
 むしろ、いま市町村が考えるべきなのはカードの空き領域をいかに活用するかでしょう。これをどう活用するかは、条例で決めればいいことになっていますからね。これからの情報化社会は、モノを売るのではなくサービスやコンテンツをいかに売るかが勝負といわれていますが、その観点で見るとICカードは「自分が必要なサービスを安全に受け取るためのデバイス」と考えられます。例えば、電子決済をしたいからカードの中に電子マネーを入れる、あるいは住民票を取りたいから自分のID情報を入れておく、というわけです。カードはあくまでも手段であり、重要なのはカードに情報が入っていることではなく、それを使う目的です。そうした視点では、いますぐ実現できないとしても、将来的に民間分野で利用することも含めて、さまざまな活用法を考えておくべきであると思います。
◆大山先生は、次世代カードの研究も手がけられていますよね。
大山 
ええ。いまヨーロッパで普及しているのは「接触型ICカード」ですが、次世代ICカードシステム研究会では「非接触型ICカード」の研究を進めています。接触型カードの場合、スロットに差さなければいけないし、その方向も決まっています。一方の非接触型カードは表裏、上下左右がなく、さらに2枚のカードを連携させることも可能です。この特性を活かせばいろいろな活用法が考えられます。例えば1枚は金融系、1枚は自治体のID系とし、ID系カードで相手確認を行い決済系カードで手数料を払えば、公衆電話で住民票を取ることも可能です。そうすれば、シンガポールなどのように政府が情報を一括管理しなくても、日本のように分散型のままでスムーズな電子申請が可能となるわけです。
◆いま日本のIT産業は、欧米に比べて遅れているといわれていますが、そんなサービスが育てば海外へ輸出することも考えられますね。ほかにも証明書の電子発行の手段や手数料などの研究も行っているとうかがいましたが。
大山 
手数料については、いま『トークン』という考え方を研究しています。例えば、電子申請・証明をする場合、その手数料を従量制とするのか定額制にするのかという問題がありますね。現状では「証明書1枚当たりいくら」という具合に従量制ですが、デジタルデータのコピーを禁止するのは極めて難しいために、一部では定額制の方向で考えられています。しかし、この方法では利用者が何枚使うか分からないため値段をいくらにするかが難しいのです。そこで、従来通り従量制でやる方法として考えられたのがトークンです。簡単にいえば住民票がマクドナルドの「○×セット」で、トークンはその引換券です。引換券なので出す側からは1回で、従量制も担保することができます。どこへ出すかは「本人の意思」で、それに従って必要な宛先へ送信する――そんな仕掛けであれば、市町村にも住民にも安心かつ円滑なデジタル・コミュニティの実現が可能となるのではないでしょうか。
◆お話しをうかがっていると、電子政府がいよいよ現実に動きつつあると実感できますね。そのためには我われ一人ひとりが時代の変化を認識し、ネットワーク化という流れにきちんと適合していくことが重要といえそうです。
大山 
変革期は、世界中どこの国にも、どの業種にも平等にチャンスを与えてくれます。だからこそ日本も頑張ってIT革命による経済発展、21世紀型の社会資本を整備しなければならないと考えます。それには政府レベルの取り組みとともに、地方の積極的なアプローチが欠かせません。電子政府というインフラを活用してどんなサービスを行うかは、まさに知恵の勝負です。その意味では、いま個々の市町村の力量が問われているといえるのではないでしょうか。



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