●特集/事例紹介●
21世紀のまちづくりが始動
地域活性化の決め手はITだ
電子自治体に向けた市町村の取り組み●長野県小諸市


tokusyusub7-1.jpgtokusyusub7-2.jpgtokusyusub7-3.jpg
spacer
依田茂美課長(左) 清水茂夫係長(中) 内堀浩主査(右)


 今年9月、シドニーオリンピックが開催される。この平和の祭典に参加する国と地域は200。近代オリンピック史上最大規模といわれる今大会は、28競技・300種目で熱戦が期待される。だが、華やかな舞台の裏側では、実にいろいろなことが起きている。
 1997年10月、長野オリンピック開催を機に長野新幹線が開業し、信越線の特急が廃止された。その影響で小諸市は、観光客の足が遠のき、地域衰退の危機に見舞われたのである。それから3年。まさにオリンピックイヤーの今年、小諸は大きく変わろうとしている。“特急廃止”という共通の危機感をバネに、行政と住民・企業が一体となり情報通信(IT)を核とした21世紀のまちづくりに乗り出したのだ。
 小諸市の依田茂美企画財政部企画課長は「もはや地域経営は行政がリードして行う時代ではなく、住民や民間企業と一緒になって取り組むものです。そのためには急速に進むIT革命に行政も乗り遅れないようにしなければ…」と語る。

行政イントラで業務と意識の改革を図る

 これまで市町村の情報化といえば、主に事務の効率化のための電算化を指してきた。だが政府の電子政府構想で、その目的も住民サービスの向上や行政サービスの高度化へと主軸が移りつつある。
 こうした時代の動きを背景に小諸市では平成10年2月、「5年間で1人1台のパソコン環境」などの目標を掲げた庁内OA化計画を策定。これに沿って、11年4月には財務会計のLANシステムを稼働させ、11年11月1日にはグループウェアを導入して行政イントラネットを立ち上げたのである。グループウェアとは、文字通りグループで作業を行うことを目的としたソフトのこと。LANで各部署を結び財務会計処理を行う市町村も増えてはきたが、それをイントラネットにまで拡げて活用しているのは、ほんのひと握りに過ぎない。
 そんななか行政イントラを導入した狙いについて、内堀浩宣広報情報係主査は「最終目標は住民サービスの向上です。職員の情報の共有化やコミュニケーションの活性化によって業務の効率化を図ることはもちろんですが、それだけではなく従来の“タテ割り”型の業務の流れを改善し、〈すべての業務が市役所の仕事である〉と職員の意識改革につなげたい」と話す。
 現在、本庁舎と20ヵ所の出先機関に131台のパソコンを設置し、1. 電子メール、2. 掲示板、3. 会議室予約、4. 公用車予約、5. 今月の行事、6. スケジュール、7. 書式ライブラリ、情報ライブラリ、電子書庫、8. アドレス帳、などを行っているという。導入から半年余り。いまや職員間の連絡はメールが主流となり、年配の職員たちの間にも徐々にパソコンを使うことが習慣として根付いてきたそうだ。そうした状況について、依田課長も「いまさらながらIT革命の脅威を肌身で感じている」と語る。
 「イントラネットが整備されたことで、例えば、相手先へ出向いたり何度も電話で連絡をするといった無駄な手間が省けました。こうしたことにより、市役所全体が従来よりも迅速な決断・行動をとることができる。ITの効果とは、まさにそこなんですよ」(依田課長)

重要なのはどんなまちづくりをするか

 「行政イントラは、あくまでも第一ステップ」と依田課長。その延長線上には、むろん『地域イントラ』構想がある。
 いまのところ行政イントラと外部のネットワークとは接続していないが、「究極は役所のホームページを見れば小諸のことがすべて分かるようにしたい」(内堀主査)というように、近い将来、ホームページで行政サービスを提供することも視野に入れている。ただ、ネットワーク社会への過渡期にあたる現段階では、インターネットを使えない住民も少なくない。このため「当分の間は、従来のテレホンガイドや広報紙などと併用せざるをえない」(依田課長)のは当然のことといえるだろう。
 とはいえ、のんびりと構えてはいられない。IT革命の波は小諸にも急速に押し寄せてきているのである。行政情報化と併せて、地域の情報通信基盤整備にも取りかからなければ、3年前と同じ苦汁を再び味わう結果となりかねないだろう。そのため、市では民間企業との連携による地域情報化推進策を考えているそうだ。
 清水茂夫企画財政部企画課広報情報係長は「行政と民間がバラバラに通信基盤を整備するのは非効率です。今年中に地元CATVや有線放送などと意見交換を行って、整備コストや運用・管理の問題、それを使って何をするのかなどの検討を行い、来年には具体的な計画作りに着手したい」と話す。
 今年度、政府はミレニアム予算として、市町村におけるマルチメディアやインターネットの実践的な活用に対し数々の財政支援を予定している。そのため多くの市町村が地域開発計画の“目玉”に情報化推進を掲げ始めた。だが、地域の住民や企業のニーズを正確に把握せず行政の考えだけで事を進めても、大きな成果は期待できない。
 「最終目標は住民や地域へのサービス向上であり、ITはそのための手段です。ムードに流されるのではなく、ITを使ってどんなまちづくりをしていくのか地域と一緒になって考えることが大切でしょう」と依田課長。こうした取り組み姿勢の違いは数年後、サービスや地域の活性化の差として如実に現れることだろう。



 北国街道、中山道、甲州街道が集まる小諸は、『馬子歌』で知られるように古くから人馬の往来が盛んで、商業の中心地、宿場町として発展してきた。
 そのような交通の要塞であったために、平安時代から鎌倉時代にかけて次々と城が築かれ、その後、戦国時代になると甲斐の武田信玄が小諸城(現懐古園)を築いた。“穴城”と呼ばれるこの城は城下町よりも低く、全国でも珍しいものだ。緑深い懐古園を歩くと、天守台や三の門などが残され、往事の姿を忍ばせている。
 また、背後に雄大な浅間山(標高2568メートル)をのぞむこの地は、多くの文人が愛したまちとしても知られる。明治時代に恩師に招かれ小諸義塾に赴任し、ここで数々の作品を生んだ島崎藤村をはじめ、高浜虚子、若山牧水などが小諸にその足跡を残している。

小諸市 http://www.city.komoro.nagano.jp/




バックナンバーへ戻るspacer新風トップへ