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いま地方自治体においては行政経営の見直しが迫られている。そうしたなか「生活者起点」「マニフェスト」という明確な方針を掲げ、日本に“新しい風”を巻き起こしたのが前三重県知事の北川教授だ。これからの地方の在り方、首長の使命などについて聞く。


◆北川教授は現在、早稲田大学で教鞭を取るかたわら「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」の代表を務めておられます。この組織の目指すところをお聞かせください。
北川 
これは国民が主役となる“新しい日本”をつくるため、自立・選択・責任・連帯を合い言葉に「国のかたちの再構築(国の基本法制改革)」「政治のしくみの再構築(政治の構造改革)」「くらしの再構築(生活者起点の構造改革)」を推進しようという活動です。実は10年前、衆議院議員の時代にも民間から政治改革を盛り上げるべく「民間政治臨調」を組織していたのですが、平成15年7月に改めて「21世紀臨調」を立ち上げ、国政もさることながら知事や市町村長を変える――つまり地域から日本を変えることをテーマに掲げた活動を始めました。これまでの日本は「政治家の政治家による政治家のため」の、あるいは「官僚の官僚による官僚のため」の改革であり、生活者起点ではありませんでした。その結果、いつまでたっても地方分権は進まず、国と地方を合わせて700兆円もの借金を背負ってしまった…。これは依存してきた国民の側にも責任があります。市町村も同様で、まちのレベルは首長が決めるものではなく、住民のレベルが決めるんです。こうしたことを理解してもらうには理念や理論ではなく、ムーブメントを起こさなければなりません。その運動の中心に位置づけたのが「マニフェスト(政権公約)」です。マニフェストは、政治家が在任期間中に果たす責任を検証可能な数値として情報公開するものですが、当然、その人を選んだ選挙民にも責任が問われてきます。
◆マニフェストという言葉は、先の衆議院議員選挙でも話題を集め、一般にも広く認知されました。
北川 
これまでは政治家の公約が実行されなくても、みんなそんなものだと思っていましたが、そこを変えない限り真の民主主義はありえません。政治家が断固責任をとれば、役人は動きます。動かさなければ民主主義とはいえませんよね。その点、マニフェストを掲げる候補者が地域から全国へと拡がってきたことは、嬉しいことです。まさに時代の要請だったのだろうと考えています。
◆最近、民間企業では「バランス・スコアカード(BSC/文末注釈参照)経営」といわれますが、目標を設定して、いつまでに達成するか具体的に示すという点でマニフェストと通じるところがありますね。
北川 
そうですね。行政組織にとってもBSCはすぐれたツールのひとつだと思いますよ。

「北京で蝶々が羽ばたくと
ニューヨークでハリケーンが起こる」

◆「事務事業評価システム」や「情報公開」など、三重県の事例はいま全国の自治体のお手本となっています。改めて知事としての二期・8年間を振り返って、就任前と後で三重県が大きく変わった点は何だとお考えですか。
北川 
やはり職員の意識ですね。三位一体や規制改革もそうですが、いわれるから仕方なしにやるという意識は改めなければなりません。このため私は職員と徹底的に話し合う方法を選びました。就任当時、どこの自治体にとっても哲学論などは余計なことで、職員は制度や法律、補助金を見て淡々と仕事をしていれば済んでいました。そこへ私が「地方自治体とは何か」「民主主義とは何か」という余分なものを持ち込んだんですから、職員も最初は戸惑ったようですよ。それまで知事は部長に、部長は課長に“説得”をしていたわけです。それでも日々の改善はできますが、根本から改革するには“納得”が必要だと思います。そこでお互いにどっちが正しいのか納得するまで話し合おうと、まずは「そもそも県庁とは何のためにあるのか。県民と県庁との関係はどういうことか」という議論から始めました。
◆そのようにしてリーダーの考え方を浸透させたわけですね。
北川 
一人にできることには限界がありますからね。三重県庁には6000名の職員がいます。そこで私と同じ意志を持つ6000名を作る――複雑系の例え話で、よく「北京で蝶々が羽ばたくとニューヨークでハリケーンが起こる」と語られますが、私は三重県庁に「6000匹の蝶々」を羽ばたかせたいと考えました。そのためには職員の内発した力をいかに引き出すかが重要です。個人ごとには資質があっても、上下主従のヒエラルキー型組織で内向きな行政論理に抑制されて、みんなが“訓練された無能力者”という状態を改めるため、知事として多くの時間を職員との対話に費やしました。仮に年間労働時間が2000時間あったとすると8年間で1万6000時間ですが、ある職員が計算したところ1万2000時間、職員たちと対話をしていたそうです(笑)。
◆それはすごい。多忙ななかでそれだけの時間をとるのは大変だったのでは。
北川 
皆さん、知事は忙しいとおっしゃるが、それはテープカットや祝辞を述べることが知事の仕事だと思い込んでいるからです。まずはその“思い込み”から見直す必要があるのではないでしょうか。首長の仕事とは理念の遂行と追求であり、そのために職員の能力を最大限に発揮させるようにすることなんですよ。

改革を進めるための行政組織は
いかにあるべきか

◆北川教授が、そうしたお考えになったのは、いつ頃からなのでしょうか。
北川 
知事選へ出馬する時に、もうあちこちの政党の顔を立てたり、いろいろな団体の利害調整をすることはやめ、目的達成型でいこうと決意しました。何が正しいのかは県民に決めてもらおうと。目的を明確に示し、達成することを公約する。それでだめならば選挙で落ちるだけのことです。その根底には、行政は「タックスペイヤー(taxpayer/納税者)」の立場に立つべきだという“思い”もありました。それまでの行政のパートナーは、税金という利益配分を受ける「タックスイーター(taxeater)」で、だから陳情が行われ、その最たるものが“官官接待”だったわけです。しかし、いまやインターネットの発達でリアルタイムにインタラクティブに情報が飛び交う時代となり、ルールに従った透明な組織と透明な運営が求められています。ITがガバナンスのあり方を変えてしまったわけですね。行政も地方議員も旧来の組織や常識を保持することに汲々としていたら、県民から見放されるでしょう。行政のパートナーは「納税者」なんです。ただ、納税者というと限定されるため、お年寄りや子どもも含めた総称として「生活者」という言葉を使いました。
◆住民や県民というところを、あえて生活者と表現されたわけですね。
北川 
私は、生活者は「統治客体」として税の負担に対して行政から受益を受ける権利があるともに、「統治主体」としてまちづくりにも積極的に参加しなければならないと考えており、この二つの意味を込めて生活者という言葉を使っています。また、よく民間企業が「お客様重視」などといいますが、これは「企業」が重視してあげるということで、消費者側の視点ではないと感じています。行政のいう「住民本位」も同様で、こうしたサプライサイド(供給側)からの発想をディマンドサイド(需要側)、つまり生活者側からの発想へと180度転回させることが必要です。そうしたことを職員と議論したなかから生まれたのが「生活者起点」という言葉でした。
◆なるほど。そして生活者に対して行政が何を考え、何を目指しているかを伝えるのが「情報公開」ということですね。
北川 
たから、住民はお任せ民主主義になっていたのだと思います。こうした旧来の関係を突き崩すには情報公開が欠かせませんが、情報公開というといやいや出すというイメージがありますよね。そこで我われは積極的に出す「情報提供」を目指しました。例えば、予算編成であれば、知事の査定に上がる前の編成過程からすべて県民へオープンにしてしまうわけです。これを使う権利は県民にあるんですから。「生活者起点」をキーコンセプトに「情報公開」をキーワードとして、職員一人ひとりの意識改革と組織全体の改革を図り、行政が信頼されることで県民のなかにも理解者が拡がっていく…。いわば6000匹の蝶々が県民186万匹の蝶々となり、それぞれが進化することを狙ったのが三重県の行政改革でした。

日本再生に欠かせない
地方自治体の意識改革

◆お話を伺っていると、まさに組織のリーダーシップが問題といえますね。
北川 
そうですね。これからの行政組織のリーダーに求められるのは、はっきりとした目的と方向性を示すことだと思います。そして、そのビジョンに向かって最後まで断固突き進む。調整しながらやるというのは単なる改善に過ぎません。また、いまの日本を変えるには、国民の3%を占める約320万人の自治体職員も変わらなければなりません。旧態依然の組織や考え方のままでは、いずれ自治体間に大差がつくことでしょう。幸いにも三重県では、8年間で職員に内発的改革を行う意識が芽生え、組織や定数、予算、人事評価など新しい自治体の形をほぼ創り上げることができました。これと情報公開とがあれば、県政は後戻りしないと考えたからこそ知事を辞めることができたんです。
◆そうした点では、北川教授は新しい日本をつくるために次なる挑戦を始められたわけですが、今後の活動について教えてください。
北川 
いま日本全体が価値の尺度を変えていかなければならないと考えています。例えば、北欧のある国では投票率が90%に達したそうですが、これは「税金のような大事なことを政治家に任せておけない」という意識が国民に拡がった結果です。子どもの教育もそうで、日本でも「こんな大切で楽しいことを、なんで学校や教育委員会に任せられるのか」と意識が変わったときに、ワークシェアリングが広く普及し、男性社会も変わっていくのではないでしょうか。また、経済成長を示す指標として「GDP(国内総生産)」がありますが、これが増えても家庭の幸せが増えるわけではありません。そこで、ぜひシステムとして日本に根付かせたいと考えているのが、「GPI(Genuine Progress Indicator/真の進歩指標)」です。これは米国の非営利団体が提唱する、本当に豊かな社会の指標です。20世紀の日本は経済的に豊かになった反面、環境破壊や犯罪、不登校やいじめなど数多くのマイナス要素が発生しましたが、こうしたことも含めて、もう一度「価値観」や「幸せ論」を創り上げていかないと日本人はいまの閉塞感から脱することができません。その核となるのがマニフェスト運動であり、今年の参議院議員選挙、来年の合併に伴う市町村長選挙、そして次の総選挙、さらに次の地方統一選挙へと運動の輪を拡げたいと考えています。そうして本当に国民が主役として国を動かし始めた時に、日本は閉塞感から脱し、より高いレベルのバリアフリー社会に進化するのではないでしょうか。


※BSCとは「財務」「顧客」「業務プロセス」「社員の学習と成長」の4つの視点から、戦略の遂行状況を測る業績評価指標のこと。米国では行政機関にも導入されている。詳細は本誌15年5月号(Vol.34)をご参照ください。


きたがわ・まさやす 1944(昭和19)年生まれ。67年、早稲田大学第一商学部卒。72年、三重県議会議員当選(3期連続)、83年、衆議院議員当選(4期連続)。任期中に、文部政務次官等を務める。95年、三重県知事に当選(2期連続)。2003年、早稲田大学大学院公共経営研究科教授に就任し、同年7月、新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)代表に就任。



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