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 昨年8月に総務省が策定した『電子自治体推進指針』は、冒頭「電子自治体構築の目的」で〔住民の満足度の向上〕を掲げている。
 これは、これまで地方公共団体における情報システムの利用目的が主に事務能率の改善に向けられていたことを考えると、行政機関の役割の中に占める地域住民向けサービス機能のウエイトが高まっていることを端的に示しているといえるだろう。
 古く1960年に大阪市が全国に先駆けてUNIVACの「USSC―80」という電子計算機を導入してからこのかた、地方公共団体におけるコンピュータの利用は、多くの場合、内部事務の処理にかかる時間をいかに短縮するかを追求してきた。
 結果として窓口に来た住民の待ち時間を短くし、正確かつ適正な事務処理が実行できるようになったという意味で、対住民サービスは向上した、ということができる。また同一の単純作業の繰り返しから職員を解放し、より知識とノウハウを活かす専門職への高度化を促した点でも、大きな効果があった。


昭和50年代には行政事務の効率化が一挙に進み、窓口サービスも格段に向上した(写真はTASK80のデモ風景)


何が住民サービスの向上につながるか

 ところが基本的な「情報」が整備され、窓口業務のシステム化をほぼ終了し、ネットワークも構築された現在ないし今後は、対住民サービスの質的向上が主題となる。
 指針が示すのは、まさにその方向であろう。
 その場合、何をもって「サービス」とし、何を「質的向上」の基準とするかは、さまざまな考えがあって一律に論じることはできないにしても、行政機関が住民の税金で運営される組織であることを考えると、民間以上に強く投資対効果が求められる。
 ただ、同じ「効果」という言葉を使っても、行政機関の場合、社会的弱者に肌理細かく適正な配慮ができることであったり、「小さな問題」として片付けられてきた少数意見を施策に反映させることであったりする。民間の場合の「投資対効果」は、小さな投資で大きな利益(ないしコスト削減)を達成することを意味しているが、行政機関ではその逆であることも少なくない。
 指針では、(1)グランドデザインを明確化すること、(2)セキュリティ対策と個人情報の保護を万全にすること、(3)住民とのコラボレーション(協創)を推進・拡大すること、(4)インターネットや地域ネットを利用したワンストップ・サービスを提供すること――などが掲げられている。コンピュータやソフトウェア、ネットワーク、つまりITをどう活用するか、そのためにはどのような方策を立てるべきか、という技術面からのアプローチは、専門業者にアウトソースするなどで、ある程度解決がつく。
 例えば、データ交換にインターネット・データセンタを使い、個々のアプリケーションをゼロから作らず共通のソフトをASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)で利用するなどだ。新しい技術が次から次に出てくるITの世界を追いかけるのは専門業者に任せ、タクシーに乗って行き先を告げるだけで目的地に着くように、利用に徹するという方法が間違いなくある。




無視できない「人間系」の問題

 それとは別に、「人間系」の問題があることを見逃すわけにはいかない。日常生活の場面で人違い、勘違い、聞き違い、手順前後、戸惑い、説明不足、余計なお世話……ということは決して珍しくない。加えて人間は直感、推理、類推、憶測、予測、想像、感情を持っているので、実は「技術系」だけでは解決がつかないことの方が多いのだ。
 ラーメン屋のおやじ(喫茶店のウエイトレスでもいい)が、客の目つき、口の利き方が気に食わないという理由で、
 「帰ってくれ、あんたに出す料理なんてウチにゃねぇんだ」
と啖呵を切るのは構わないが、行政機関ではそういうことはできないし、やってはならない。だからこそコンピュータが使われるようになった、という逆説も成り立つ。
 また、市町村に焦点を絞ると、何といっても合併が大きなテーマであろう。これは電子自治体にかかわりなく重要なのだが、旧来の情報システムを統合しつつ電子自治体を構築していくフェーズが遅かれ早かれやってくる。まちの名前をどうするか、首長が誰になるのか、議会の定数は増えるのか減るのか、職員の処遇はどうなるのかという議論とは別に、合併協議会に専門家を加えた分科会を設けるなどしないと間に合わない。
 「タッチゾーン」――リレー競争でバトンタッチをするエリア――を設けるのはなかなか妙案だが、解決策の決定を先延ばしにするだけで根本的な解決にはなり得ない。
 事実、やや古い事例だが、87年に誕生した「つくば市」では、合併前の大穂町、豊里町、谷田部町、桜村の3町1村(88年に筑波町が合併し四町一村)がタッチゾーン方式を採用したが、システム統合を完了するまで実に15年もかかってしまった。むろん、同市には一概に論じられない事情があったのだが、この方式の難しさをよく示している。




市町村合併との関わりをどう考えるか

 最近の事例では、兵庫県篠山市がしばしば引き合いに出されている。多紀郡に属する篠山、西紀、丹南、今田の4町が99年4月に合併したのだが、同市の場合は50年代から(あるいはその前から)合併問題が出ては消え、消えては出ていたという事情がある。「今日の市町村合併の動きとは別のもので、その意味では20世紀最後の合併ということもできる」と同市はいう。
 合併を前提にした情報システムの統合計画策定にあたって、事務局が行ったのはそれぞれの町が使っているコンピュータ・メーカーと情報サービス会社5社に提案を出してもらったことだった。合併後の情報システムはどうあるべきかという将来像、それを実現するためのハード、ソフト、ネットワーク、サービス、さらに円滑にシステムを構築するためのスケジュール、運用のための方策などを外部のIT専門会社に委託したのだ。
 これと並行して4町の情報システム担当者たちは、役割と責任の分担、意思決定のプロセスなどを協議して行ったが、本庁の機構改革は行っても、「支所は住民サービスを維持するための切り札」としてそのまま存続させる方針を固めていた。電子自治体のシステムはその上で稼働して初めて真価を発揮するという判断があった。
 市町村合併と電子自治体構築で気がつくのは、人口の過密と過疎の2つのパターンである。首都圏のベッドタウンなどはマンションが建ち、林地や農地が造成されて戸建住宅が軒先を接して並んでいる。24時間営業のコンビニエンス・ストア、ガソリンスタンド、交番、医療機関、パソコン・ショップなどが住民の身近なところにあり、なおかつインターネットのアクセス・ポイントも複数設置されている。パソコンやインターネットについて分からないことがあっても、教えてくれる人が近くにいる。
 一方、過疎の地域では、これとはまったく逆の状況にある。市町村を窓口にして、住民にインターネットの操作方法を教え、「デジタル・デバイド」を解消しようという施策が見落としていたのはこのことだった。講習を行う公民館まで1時間もかかる車の送り迎え、機器の設置やインストラクターを派遣する会社の負担、さらにアクセス・ポイントまでの距離、回線速度など、地方の町や村ではその一つひとつが大きな障壁だった。
 都市型の市町村合併は、合併することだけで経済効果を生む。事務の重複をなくし、サービスを共通化し、役所の混雑を緩和することができる。電子自治体のワンストップ・サービスで住民票の申請がインターネット化すれば、申請書という紙資源の消費を抑制でき、窓口に配置する職員を減らして別のサービスに振り向けることができる。公共料金の支払いもコンビニでできる時代なのだから、複合的な効果も生まれてくる。


窓口業務のシステム化をほぼ完了し、ネットワークも構築されたいま情報化の主題は「対住民サービスの向上」になる。


指針がいう真の“住民本位”とは

 ところが過疎地では、町村合併によってカバーする物理的な面積が拡大し、役所が集約されると「距離のデバイド」が発生する。
 だからこそ電子自治体なのだ、というのだが、距離のデバイドは「ヒューマン・デバイド」に発展する可能性がないわけでもない。役所から歩いて5分、10分のところに住んでいる人は、ことあるごとに役所に注文をつけたり要望を出しやすい。車で30分、1時間もかかる場所――誤解がないように言うと、筆者の自宅は市役所ないし支所に行くより、隣の市の支所の方がはるかに近い――の住民は、職員との接触が希薄になっていく。
 「電子メールがあるじゃないか」
という言い方は、この場合、通用しない。仮に山のてっぺんに住んでいる65歳以上の独り暮らしのお年寄りがパソコンのキーボードとマウスを巧みに操作でき、情報を的確に伝えることができても、自治体あるいは関係団体――警察、消防、医療、治水、土木、福祉など――の職員が現場に駆けつけることができるかどうか、という物理的な別の問題があるからだ。実際のアクションで「ものごと」を考えないと、結局は空疎な論になってしまい、投資に見合う効果が得られない。
 指針がいう「住民本位」とは、そういうことではあるまい。住民の年齢構成、職業・技能、気候風土や地形といった地域の特性、道路や鉄道など公共のインフラ、さらに職員の居住地などを総合的に電子自治体の構成要素ないし前提条件として組み込み、“電子”化するべきは何かを整理することが不可欠なのである。
 通信技術が発達し、ブロードバンドでさえワイヤレスで可能な現在、小型トラックに野菜や干し魚や雑貨を乗せて山奥の集落を巡回する出張販売(かつてそれは「担ぎや」と呼ばれた女性たちの仕事だった)、あるいは巡回図書館のことを、思い起こすべきなのだ。役所の機能をいま以上に住民の身近なところに置くのが電子自治体の狙いであり目的であるとするなら、役所が住民のもとに出張する逆の発想があっていい。
 統合型GISの整備、地域文化のデジタル化など、総務省の指針はいくつかの課題を示している。こうした技術をどう活用するか、土に足を降ろし、山や川を歩き、神社のある高台から街並を見下ろしながら、実際のアクションで考えてみる。その上で旧来の行政組織、行政手続をどう変えるか。それこそが電子自治体構築のポイントに違いない。


サービス向上のため、住民に身近なコンビニや消防署と連携する自治体も登場している


なかお・えいじ 1951(昭和26)年生まれ。74年、中央大学経済学部卒。大手ソフト会社を経て、IT関連の取材と執筆に従事。日韓IT協定に協力したほか、市町村アカデミー講師、東京都中央区情報化検討委員など歴任。現在、講演活動のほか『月刊LASDEC』(財団法人地方自治情報センター発行)などで執筆活動を展開中。



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