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特集タイトル


パソコンを使う人にとっては誰にでも馴染み深いマイクロソフト社。同社のOSがパソコン市場の9割を占めるがゆえに、ウィルス攻撃の標的になるなど、負のイメージを持つ人もいる。だが、メーカーごとに互換性のないパソコン界の“常識”を、同社がWindowsで突き崩したことでユーザー層が拡がり、結果、現在の情報化社会へとつながった功績は大きい。日本法人の初代社長で、その後、米国へ活躍の場を移し、常にITの最先端を走り続けてきた古川享氏に、デジタル社会の方向性とトップ企業の使命について聞く。


◆今年2月、米国本社バイスプレジデント(副社長)の地位はそのまま、日本法人の執行役、ナショナル・テクノロジー・オフィサー(NTO/最高技術責任者)へ就任されました。日本でのミッションを教えてください。
古川 
東京へ戻った最大の理由は、次の世代の“ひと”たちが活躍できる舞台を作ってやりたいということでした。変な言い方ですが、私は日本法人の社長も会長も経験したので、今度は組織マネージメントや売上とは関係ない別の役割を担おうと思っています。振り返ってみると、私たちの世代は意味もなくボスに怒られて、カッとなっても耐えて、その人から何かを学ぼうという意識がありましたが、いまの若い世代は叱られもしないし褒められもしない。社内を見渡しても控えめになっている社員が大勢います。そうした若い世代に対して私自身が触媒となり、一緒に行動し、叱ったり褒めたりしながら、化学変化を起こしていきたいと考えています。
◆まるで教育者のようです。ハイテクなビジネスなのに、ハイタッチな点を重視されているんですね。
古川 
たまたま当社の要素が最先端テクノロジーなだけで、やはり最終的には人と人の関係が重要ですね。その意味では、当社のことを十分ご理解いただいていないために、日本では報道のイメージそのままで多くの方が「マイクロソフトは悪の帝国を築き、儲けに一喜一憂する会社」という印象を抱いていることにも相通じます(笑)。製品は有名だが、企業が巨大になりすぎて会社としての顔が見えなくなっているのでしょう。これを払拭するには、いろいろな機会を通じて、当社がいま何を考え、企業としての社会的責任をどのように果たそうとしているのかを示すことが必要だと感じています。そうしたビジョンを社内外へ広めていくのも、私の役割のひとつですね。

セキュリティ対策は社会全体の課題

◆企業の社会的責任ということでは、「ProtectYourPCキャンペーン」をはじめ、いまさまざまなセキュリティへの取り組みを始めています。
古川 
そうですね。Windowsを標的とするウィルスへの対策としては、この瞬間をもって完璧だということはなく、少しでも完璧に近づくためにプログラム品質を高める努力を続けていきます。ただ、まったくウィルス攻撃を受けない「信頼できるコンピューティング環境」を実現するには、OSだけではなく、アプリケーションやネットワーク構成、セキュリティ対策の改善など、多層的な防御が必要です。細かいところでは、パスワードを変えない、あるいはパスワードを「0123」とした人へどうやって警告を与えるかというようなこともあります。セキュリティ対策はITベンダーから一人ひとりの利用者まで社会全体で取り組むべき課題といえるでしょう。こうしたことから当社では社内の教育とともに、社外においても自治体や企業のシステム管理者などを対象として、広くセキュリティ分野の人材育成に努めています。例えば、今年3月から6月末まで、47都道府県でセキュリティに関する無償講習会を実施し、2万人を超える技術者が参加しました。また、早稲田大学と共同で「コンピュータセキュリティ技術」の講座をスタートし、将来の技術者や研究者の育成にも乗り出しています。さらに当社独自の資格制度にセキュリティの科目を新設しましたが、岐阜県がこれを全面採用され、現在、両者が協力して県内市町村や企業、ほかの自治体のシステム管理者の教育事業を展開しています。
◆なるほど。
古川 
さらに、いままでは脆弱性が発見されてから、それを攻撃するウィルスが登場するまでに3か月以上かかっていましたが、最近では最短で2週間程度と発生までの期間が短くなりつつあります。これに対しては、我われとしても従来以上に迅速・柔軟な対応が必要になってきています。例えば、MSブラスターが発生した際には緊急措置として対策CDを配布しましたが、これは世界中で日本だけしかやっていないことです。対策CDの配布では、TKCさんにもご協力いただいていますが、その瞬間にアタックされて困っている、なおかつインターネットへアクセスできない、もしくは高速なネットワーク環境がなく対応プログラムのダウンロードに時間がかかるという場合には、お客様の利便性を考えても、信頼の置ける企業から対策CDを配布してもらうのは有効な方法です。加えて、その対処法もパソコンユーザ一人ひとりにお願いするのではなく、5000台、1万台というパソコンのセキュリティ更新・管理を、たった一人の技術者で行えるツールの提供を始めています。現状では利用範囲を社内に限定していますが、いずれTKCインターネット・サービスセンターのようなところにその機能を持たせ、企業や自治体へ一斉に対策を講じることも考えられるのではないでしょうか。

ITは社会にどんな貢献をするか

◆いま日本ではe―Japan構想が推進されていますが、御社としての取り組み状況をお聞かせください。
古川 
電子政府・電子自治体の構築に必要なOSやアプリケーションなどの提案とともに、中堅・中小企業を対象に情報やサービスを提供するビシネスポータルサイト「経革広場」を活用した電子入札の実現など、地方のIT普及支援事業をお手伝いしています。また、これらとは別の角度から地方のe―Japan構想を支える取り組みも始めています。
◆というと。
古川 
リユース中古PC寄贈支援プログラム」では、企業などから回収された中古パソコンへ、当社が正規ソフトウェアを無償でインストールし、非営利団体へ寄贈する活動を展開しています。仙台市などの支援をいただき、お年寄りのパソコンクラブへ寄贈した事例では、お年寄りが自分たちでパソコンを使うだけではなく、そこで身につけたスキルをもって地元小学校へ出向き、子どもたちへパソコンを教えているそうです。この授業が大変好評で、これはITが高齢者の生き甲斐づくりに貢献できたいい実践例ではないでしょうか。また、山口県ではドメスティック・バイオレンス(DV)被害者の自立支援を目的として、民間シェルター等、DV被害者の方々が生活している施設など安全が確保された場所へ出向いてパソコンを教えるプログラムも実施しています。
◆そうしたことは、これまであまり知られていませんでしたね。
古川 
当社では、1983年にハイテク産業では初めて企業の社会貢献プログラムを創設し、現在、米国をはじめ世界80か国において、さまざまな社会貢献活動に取り組んでいます。これまでIT化といえば事務の効率化などを目的としてきましたが、今後、ITは人を活かす道具へとなるでしょう。このため、単に寄付をするだけでなく、ITの活用を通じた社会貢献という観点からも、全国の自治体をお手伝いできればと考えています。

「敵対」から「共生」の時代へ

◆活動テーマのひとつにユビキタス社会への取り組みを掲げておられますが、これは一体どのようなものなのでしょうか。また、今後のデジタル社会はどうなるとお考えですか。
古川 
電理想のユビキタス社会とは、会社や家庭における心地よい人間関係に似ていると思います。お互いの存在を尊重して、相互に助け合う関係――私は、本来コンピュータもそうあるべきだと考えています。例えば、最近ではゴミ出しや食器洗いなど自分ができることはするという男性が増えていますが、かつて「そんなことは男の沽券にかかわる」といわれた時代がありました。つまり自分自身が本来持つ力ではなく、権威や権力の世界でお互いがやることを無理矢理決めていたわけです。コンピュータも同様で、メインフレームの時代には周辺装置や端末という言葉が示すように、誰が一番偉くて誰が奴隷かを明確に区分けしていました。いまインターネットの時代となって、そうした上下関係はほとんどなくなりましたが、まだ現状では細かく指示しないとネットワークが動かなかったり、プロトコルが違うといきなりすねてコミュニケーションが成立しなかったり……。まぁ、そうしたことは人間世界でもよくあることですが(笑)、ユビキタス社会にはほど遠いですね。理想の姿とはネットワークやパソコン、家電などあらゆる機器がシームレスにつながることにとどまらず、利用者が機器ごとに異なるOSや技術などを意識せずに、道具として自由に使える世界を実現することでしょう。
◆確かに、ユーザーが何かをする場合、重要なのはその目的であって、OSやデバイスの違いなど関係ないことですね。
古川 
ええ。これからのデジタル社会は、WindowsもTRONもお互いが存在しながら欠けている部分があれば、それを互いに補完し合う、つまり「敵対」ではなく「共生」ですね。そうした相互連携が進むと考えています。いまでこそマイクロソフトは独占企業の印象が強いが、その根底には「あなたのものも素晴らしいが、うちのものもいいでしょう」という両方を認めるカルチャーを持っています。実は先頃、読売新聞社主催の日本学生科学賞を受賞した日本の中・高校生たちが米国本社へ来たのですが、その中の一人がいきなりFDを出して、ビル・ゲイツに向けて「僕OSをひとつ作りました」と言い出し、みんなを驚かせたんです。その時にビル・ゲイツが「いまやマイクロソフトしかOSを作らないという時代ではなく、Linuxもみんな頑張っている。そうした中、自分もゼロからOSを作ってみようという13歳の子どもが現れるのは本当に素晴らしいことだ。これからもゼロからものを作ることを大事に考えてほしい」といって、そのFDにサインしていました。
◆それはすごい。そうした子どもたちが登場すると日本の将来も楽しみです。
古川 
本当に。「Windows」か「Linux」か、あるいは「 .NET」か「Java」か、という二者択一を迫られる状況は利用者にとってもプラスではありません。TKCさんの社是である「自利利他」ではありませんが、本当の利益とは相手の利益を図ることの中にあると感じています。我われも市場シェアや技術的な優劣という次元を超えて、利用者のために便利なデジタル社会を実現した時、勝って憎まれる企業から、パートナーとして心から迎え入れられる存在へとなれるのではないでしょうか。


マイクロソフトコーポレーションバイスプレジデント兼
マイクロソフト株式会社執行役ナショナル・テクノロジー・オフィサー
古川 享氏。
ふるかわ・すすむ 1954(昭和29)年東京都出身。78年和光大学人間関係学科中退、78年アスキー入社、82年同社取締役、86年同社退社と同時にマイクロソフト日本法人を設立し初代代表取締役社長に就任。91年同社代表取締役会長兼米国マイクロソフト社極東開発本部長となり、その後、コンシューマ戦略担当バイスプレジデントなどを経て、本年2月より現職。



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