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特集タイトル


2006年1月、『新IT改革戦略』が正式発表された。〈いつでも、どこでも、誰でもITの恩恵を実感できる社会の実現〉を目指し、電子政府・電子自治体も“構築”から本格的な“実運用”の段階へと移行することになる。新戦略の推進により、今後5年間で日本の社会環境がどう変わっていくのか。IT戦略本部の有識者メンバーとして新戦略策定にも携わられた大山永昭・東京工業大学教授へ、今後の電子行政の展望について聞く。


IT推進で見えた電子行政の課題

◆先頃、『IT新改革戦略』が正式に発表されました。IT戦略本部の有識者メンバーとして、戦略策定にご尽力された大山先生には大変なご苦労があったと思いますが、新戦略がいよいよ始動した現在のご心境はいかがですか。
大山 
これで、ようやくスタートラインにつきましたね。あとはこの戦略をどう実行し、実現していくか。本当に大変なのはこれからです。改めてこれまでの「e―Japan戦略」を振り返ると、IT化の推進という点ではここまでよくやったと思いますよ。少し前までは、国の行政機関が扱う申請・手続の96%がオンライン化されるなんて信じられなかったでしょう? 日本人って目標を決めると結構やっちゃうんだね(笑)。しかし、利用者の満足度という点では十分な成果を上げたとはいえません。本格的な実運用へ移行するためにも、これまでの成果を見直すと同時に、利用率を上げることが必要です。副題に〈いつでも、どこでも、誰でもITの恩恵を実感できる社会の実現〉とあるように、新戦略の推進で最も重要なのは「利用者・生活者の視点」です。実際のところ、利用率が0.6%では、次の行動さえ起こせませんよね。せめて国民の過半数が実感できるものにしないと。そこで「2010年度までに各種申請・手続のオンライン利用率50%以上を達成する」という具体的目標が設定されました。
◆かなりハードルが高い目標値ですよね。現在、9300名の税理士・公認会計士で組織されるTKC全国会では、国税と地方税の電子申告を積極的に推進していますが、申告件数全体に占める電子申告の割合はまだごくわずかです。目標の達成には、例えば電子申告をすると税制上の優遇措置を受けられるなど、いろいろな策も必要ではないでしょうか。
大山 
同感ですね。その辺りはこれからの議論ですが、実際にやるとなるとなかなか難しい…。いまでこそ笑い話ですが、この間までは「電子化したらコストが余計にかかるから手数料などを高くする」という意見もあったほどで、その理由は「金融機関では電信扱いの方が高いから」と(笑)。
◆なるほど(笑)。
大山 
また、実際に5年間取り組んでみて表面化してきた課題もあります。例えば、電子政府の観点では最近、”最適化”がキーワードとなっていますが、背景には「レガシーシステムからオープンシステムへ」という流れがあります。現在、「各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議」の決定に基づいて、政府全体の業務とシステムの最適化作業が進められています。いまは年間の運用経費等が1億円以上の約80システムを対象に作業を進めており、各府省において今年度中には業務を含めたシステムごとの個別最適化計画が決定される予定です。これにより1000億円以上の削減効果があると見られています。振り返ってみれば「e―Japan戦略」に電子政府・電子自治体の実現という目標が掲げられたことで、府省や地方公共団体では、インタフェースやデータの記述形式の異なる既存の情報システムを互いにネットワーク化するために連携用として新たなコンピュータを追加するなどの“対処療法”でこれまで何とか凌いできました。その結果、使いづらいシステムや高い運用コストなどの見直しが後回しとなったのです。今回、CIO連絡会議で年間1億円以上かかっているシステムを分析して驚いたのは、「こんなに無駄があるのか」ということでした。1億円未満のシステムを含めたら一体どうなるか、早急に調査・改善を行うべきです。
◆その点では、「IT新改革戦略」という名称に相応しい大胆な“改革”を進めるため、政府では新たな組織や体制の創設も考えられているようですね。これも従来の戦略にはなかった視点です。
大山 
そうですね。やはりミッションを与えられないと人は動けません。いわば、そのミッションが今回の新戦略です。例えば、電子政府では各府省に「プログラム管理組織(PMO)」を作り、それぞれの府省が保有するすべてのシステムについての棚卸しを行います。そして、いくら費用がかかっていて、どういう機器で、セキュリティレベルがどうなっていて、どのような情報を扱っているのかなどを調査します。その上で、どことどこを統合できるかなどを検討する、これが各府省が行う“部分最適”の第一歩ですね。そして最終的に国全体での“全体最適”を考えるわけです。そのためにも「政府全体のプログラム管理組織(GPMO)」を設置して、全体を統括することが重要です。
◆なるほど。
大山 
さらにICTが持つ最大の効果を発揮するためには、従来は相反すると思われてきた「安全・安心」と「便利」を両立させることが重要です。もちろん、合わせて「災害に強い」も実現しなければなりません。そのためにはデータのバックアップが必要ですが、レガシーシステムのままバックアップしてもコストばかりかかるでしょう。また、地方と中央とのやりとりでも、まだ課題は山積しています。そんなことから最近、地方公共団体の皆さんには「国は小さな政府を目指して必死に頑張るから、2年見てくれ」と申し上げているところですよ。

高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部

止まらない“改革”の波

◆6月には重点計画も発表されますが、特に注目すべき点は何でしょうか。
大山 
ぜひ今後注目していただきたいのが「地上デジタルテレビ放送」の活用です。地上波デジタルの特長の1つに、受像器が双方向通信機能を持つということがあります。例えば、新戦略の「医療の構造改革」には「受診前相談」構想が記載されていますが、地上波デジタルの活用で、自宅のテレビからお医者さんなどへ相談できるようになります。ここでその効果が期待されているのが救急医療です。最近、救急車の出動回数が急増しており、その結果、通報から到着するまでの時間も伸びています。特に小児救急では、近年の核家族化にともない相談相手のいない若い親御さんに「大丈夫ですよ」、あるいは「こうしてください」などと伝えることで安心してもらえますし、救急車が到着する前の応急措置を指導することなども可能になります。結果として、本当に救急車を必要とする人のために救急医療の現状を改善することができます。こうしたことが、国民が身近にITの恩恵を感じられるものだと思いますが、このような新たなサービスを実現するには総務省、消防庁、経済産業省、厚生労働省の協力が不可欠です。省庁の縦割り意識がなくなることを強く望みますね。
◆なるほど。その点では、いま大きな山場を迎えているわけですね。
大山 
また、大いに議論をしていただきたいのがICカードですね。例えば、年金・医療保険・雇用保険・介護保険と個別にカードが発行されるのは“全体最適”の観点から非常に無駄なことです。最近ではこれらのカードを1枚にまとめた「社会保障カード」という議論も浮上していますが、そのためには「利用者がどこの誰か間違いなく認証され、本人の意思確認ができる」ことが欠かせません。この本人の意思確認の部分で現在最も適しているのが「公的個人認証サービス」です。仮に、社会保障カードが実現した場合、カード発行は社会保険事務所や保険組合で行い、公的個人認証は市町村で行う、というようでは逆にサービス利用者の利便性が低下します。利用者・生活者視点での議論が望まれますね。また、3月20日からは「電子パスポート」の受付も開始されますが、ここで使用されているのは住基カードと同じICチップで、ハード的な特性という点では住基カードもパスポートも区別がありません。さらに、新戦略では「ICカードで東アジア域内を渡航できるようにしよう」という目標も掲げています。例えば、韓国を見るといま年間400万人が行き来していますが、これがカード1枚で渡航できたら経済面や両国の友好を深めることにも有効でしょう。すでにヨーロッパでは身分証明証でEU圏内を自由に往来できています。この構想は面白いし、便利になると思いますね。
◆住基カードでは、独自利用を促進しようという市町村も増えてきました。
大山 
もちろん、住民サービス向上の観点からも住基カードの独自利用は大いに進めていただきたいですね。ちなみに、従来は「情報公開」が原則といわれてきましたが、これをさらに進めて「個人情報の本人開示の原則」へ取り組もうとしています。つまり、本人への個人情報の開示ですね。自分のカルテやレセプトが見られるのは本来なら当たり前の話ですが、その場合は確かに本人であると証明する手立てが必要です。インターネットであれば電子署名などがありますが、医療機関へ出向いた場合、いまの保険証では本人かどうか確実な確認は難しいのではないでしょうか。こうしてみると、いずれ“次世代住基カード”の議論が盛り上がってくるのかなと考えています。

キーワードは“全体最適”だ

◆2010年に向け、社会環境はさらに大きく変化しそうですね。地方公共団体も電子行政の推進へ本腰を入れて取り組まなければなりませんが、そこで留意すべき点は何だとお考えでしょうか。
大山 
行政改革という点では、やはり業務とシステムを総合的に見直し、全体最適をはかることが重要です。また、システム調達にしても、従来はいわゆる“丸投げ”でしたが、今後は予算を適正に配分し効果的な投資を行うという視点が必要でしょう。地方公共団体の場合、規模の違いなどもあって一概に論じるのは難しいのですが、最適化の観点では1台のコンピュータ、1つのシステムをみんなで使うという方法もあります。その点では、地域特性なども考慮しながら個々にベストな方策を取捨選択することですね。
◆そのためにもトップの強いリーダーシップが大切ですね。従来型の日本的経営では、ボトムアップ型マネジメントによる既存事業の改善が重視されてきましたが、いまのように市場や環境の変化が激しい中では下からの提案を待つ余裕はありません。民間企業ではトップ自らビジョンを出し、それに合わせて戦略を立て、そして、その戦略を推進するために最適な組織を作るという流れに変わりました。状況は行政でもまったく同じだと思います。
大山 
おっしゃる通りです。ITは経営の武器だということを理解していない人がまだ多いですね。いまの業務プロセスや情報システムが、将来も常にベストであるとは限りません。また、実行するなかで表面化してくる課題点もあるでしょう。その点では、やはりPDCAサイクルの実施が有効であり、それを組織的に行うのが先述したPMOです。すべての地方公共団体にPMOを設置するのは困難かもしれませんが、少なくともCIOは必要ですね。新戦略で掲げた〈世界一便利で効率的な電子行政〉の推進は、中央と地方とが一緒に取り組まなければ達成できません。繰り返しますが、そこで最も大切なのは「利用者・生活者の視点」です。我々も小さな政府に向けて一生懸命努力しますので、地方公共団体にもぜひ一緒に頑張っていただきたいですね。

プロフィール
おおやま・ながあき 1954(昭和29)年生まれ。東京工業大学大学院総合理工学科物理情報工学専攻博士課程修了。93年より現職。IT戦略本部有識者本部員、各府省情報化統括責任者(CIO)補佐官等連絡会議主査、住民基本台帳ネットワークシステム調査委員会委員、など各委員を務める。



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