電子自治体推進を支援する情報誌「 新風」

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世界保健機関(WHO)は6月12日、「新型インフルエンザ(H1N1)」の警戒水準を「フェーズ6」へ引き上げた。毒性は低いといわれるものの、日本でも秋以降再び感染拡大が懸念され、大流行となれば最悪40%の職員が欠勤する事態に陥ってしまうかもしれない。
いま改めて、緊急時における地方公共団体の業務継続が問われている。

 昨年8月、総務省は『地方公共団体におけるICT部門の業務継続計画(BCP)策定に関するガイドライン』を公表した。背景には、震災やゲリラ豪雨といった自然災害のほか、テロ、新型インフルエンザなど、住民の生命や財産、生活に関するリスクの多様化が挙げられる。
 だが、これまで地方公共団体のBCPに対する認識は概して低く、総務省の調査によれば、平成20年7月1日現在で計画を策定している市区町村は41団体(2.3%)にとどまっている。要因としては、ほとんどの団体が災害対策基本法に基づく「地域防災計画」を策定しており、これとの違いが明確に理解されていなかったことが挙げられるだろう。それが新型インフルエンザの感染拡大で、BCPへの関心が急速に高まってきた。

 BCPとは、災害等の被害を受けても、重要業務をなるべく中断させず、中断した場合でもできるだけ早急に復旧させるための取り組みのことだ。
 地域防災計画が、住民や企業などを対象に行政の支援活動を示すのに対して、BCPは行政自身が深刻な被害を受けた場合に重要業務をいかに継続させるか、そのために必要な要員や代替施設・設備など具体的な行動計画を立てるものだ。
 ひとたび大地震などが発生すると、住民も職員も等しく被災する。現場は混乱し、施設や要員、ライフラインなどが使えなくなり、最悪の場合、行政は機能不全に陥ってしまう。従来の地域防災計画では、情報システムの維持をあまり重視していなかったが、災害応急業務の継続を確保するには情報システムが不可欠だ。また、これまで職員が参集することを前提に計画が立てられていたが、いくら庁舎が頑丈でも、新型インフルエンザが大流行すれば最大40%の職員が欠勤(※)し業務継続に支障を来してしまうのだ。
 だからこそ、従来の防災の考え方に、BCPという新しい視点をプラスしていくことが重要なのである。

※出所・『新型インフルエンザ対策行動計画』(新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議)


国も「BCP策定」支援へ本腰

 そうした状況を受けて、財団法人地方自治情報センターでは総務省と協力して、ICT部門におけるBCP策定の支援に乗り出した。
 今年度は、5つの試行団体(奈良県奈良市、兵庫県神戸市、長野県伊那市、東京都北区、埼玉県小鹿野町)を選定し、事業継続管理者(初級・准主任・主任)の資格を持つアドバイザーを派遣して、BCP策定を支援している。
 試行団体の一つ、奈良市総務部情報政策課の岡本健男課長は、「BCPは防災とも深く関わるため、危機管理を担当する市民安全課と連携し、組織全体を視野に入れた計画策定を進めている」と話す。

 取り組みのきっかけは、現在策定中の情報化推進基本計画で重要課題として検討している「情報セキュリティ対策の向上」だったという。住民の生命・財産や生活に対するリスクが多様化するなかで、安全対策の一環としてBCPを位置づけたわけだ。計画にあたっては、さまざまなリスクを対象とせず大震災を想定した。特に、奈良市近郊には「奈良盆地東縁断層帯」が走っており、過去には薬師寺が倒壊した大震災の記録も残されているという。また、東南海・南海地震が発生した場合、市内でも震度5強の被害が想定され、昭和52年完成の市本庁舎は倒壊の危険性も指摘されている。
 市民生活部市民安全課の前田広明課長補佐は、「そのような環境のなかで、市民の重要情報を管理しなければならないのが実情」と、来年度に予定される地域防災計画の改訂で、さっそく「情報システムの復旧」を追加する方針を固めたと話す。

奈良市では全庁的な取り組みへ

 ガイドラインでは、BCP策定を20のステップに分けて解説している(表)。このうち第1部は基本的にすべての地方公共団体で実施が求められる範囲で、また、第2部「簡略なBCPの策定」、第3部「本格的なBCPの策定と全庁的な対応との連動」も可能な限り実施することが望まれている。奈良市では、年度内に「簡略なBCPの策定」を目指す計画だ。
 そこで、まず実施したのが「情報システムの現状調査」である。各課が保有する情報資産を改めて洗い出した結果、消防・水道関連を除く約140システムの概要と各課が考える「システムの重要度」などの情報が集まった。5月には検討チームがこれらシステムの絞り込みを行い、6月には検討結果を踏まえて各課へのヒアリングをスタートする予定だ。
 担当する情報政策課の浦久保裕氏は、「これまでは住民票発行など、直接住民サービスを行うシステムが最重要だと考えていたが、災害時の優先業務を考えると、初動体制を支えるシステムや住民などへの広報手段であるホームページなど、日常業務では気づかない角度から継続すべきシステムが見えてきた」と語る。

 BCPを追求すれば多額の投資判断が必要となることもある。特に、最大のネックとなるのが代替施設の確保だろう。
 この点、BCPでは現時点で実現できなくても将来的な課題として認識しておくことが重要だ。奈良市の場合、建設計画中の「市保健所等複合施設」を代替施設として検討している。このため、「完成後に自家発電装置の電源供給量などを変更するのは大変だが、緊急時を想定してサーバ室への供給量を確保してもらうように建物建設を担当する営繕課と調整するなど、計画中のいまだからできることから取り組んでいる」(浦久保氏)という。

身の丈にあったBCP策定を

 さて、BCP策定にあたり、どんな点に留意すべきなのか。ガイドラインでは「地域条件」「外部への依存」「災害対策実施状況の格差」「サーバ設置場所」「業務視点での整理」の5つを挙げているが、アドバイザーの木村修二氏(財団法人関西情報・産業活性化センター情報化推進グループ部長/元宇治市課長)は、これに(1)いきなり組織横断型の検討チームを発足するのではなく、中核メンバーを集めて議論を始め、影響範囲を徐々に広げること、(2)職員への周知・理解促進に十分な時間をかけること──を追加する。

 また、「BCPは手段であって、目的ではない。計画を作るだけならばガイドラインを丸写しすればいいが、重要なのはBCPが意図するところを自分たちの業務のなかで考えていくプロセスだ」と木村氏。計画を作ってもその通りになるとは限らず、実際の現場では臨機応変な対応が求められるが、計画策定のなかで互いに共通認識を持つことで、初動時の早期対応につながるというのである。
 さらに、BCPの効果は災害対応力を高めるに止まらないという。「BCPの視点で日常業務をとらえると、いろいろ気づくことがある。重要な業務や情報資産などを再認識できたことに加え、今後の業務の見直しや最適な経営資源の配分などの相乗効果が期待できる」(岡本課長)のだ。
 例えば、天井まである書棚。「執務中に地震が発生すれば、多くの職員がこの下敷きとなり、1人の救助に2人の職員がとられて被災者支援に影響が出るのは必至」(前田課長補佐)だろう。一方、「書棚の高さを低くすれば、心配は解消されるが、それには文書管理の方法や業務の見直しが伴う」(浦久保氏)ことになる。
 また、データのバックアップはどこの団体でも実施されているが、事業継続の観点では、コンピュータへシステムをインストールすることから考えなければならない。代替機や要員確保などシステム・ベンダーとの調整も必要だ。さらに、レガシーシステム利用団体の場合、業務の復旧・再開には時間と手間がかかることが予想され、リプレースに合わせてBCPの視点も盛り込んだシステムへ移行することも考えられる。
 あるいは、ハウジングサービスの利用なども検討されるだろう。これについてはガイドラインでも、「リスク軽減策として、ASPなど遠隔地で運用されるサービスの利用も検討に値する」としている。
 加えて運用面では、現在、多くの自治体がデータやパソコンの持ち出しを禁止しているが、万一の場合はどこでも仕事ができる仕組みが求められる。そのためには、データやパソコンを持ち出しても安全な環境作りが急がれるが、その延長線には「在宅勤務」という新しい仕事のスタイルが見えてくるかもしれない。
 そして、奈良市と木村氏が「BCPの鉄則」と声を揃えるのが、「職員と職員の家族の安否確認」だ。これまで、職員は自分が被災しても住民支援を最優先させてきたが、奈良市では職員を複数グループに分け、交代で業務を継続することも検討している。これは新型インフルエンザ対策にも応用できることだ。

 BCPは策定したら終わりというものではなく、住民や議会の意見を聞きながら継続的に改善していくものだ。必要以上に背伸びしても長続きしない。「それぞれの地域性や財政力、人的パワーなどに合わせて“身の丈にあった”計画を考えるべき」(木村氏)であり、「パソコンの下に耐震マットを敷く、荷物を高く積み上げないなど、常に緊急時に備え日常業務のなかでできることからやっていくのが重要」(前田課長補佐)なのだ。
 総務省では10月以降、ブロック単位でBCPセミナーの開催を予定している。これを機に、より多くの市区町村がBCPの視点をプラスした地域防災計画改訂へ取り組むことが望まれる。