電子自治体推進を支援する情報誌「 新風」

【特集】

タイトル

IT戦略本部は今年5月、『新たな情報通信技術戦略』を公表し、翌6月にはこれを具現化するための工程表も明らかにした。この新たな戦略の3つの柱の筆頭に掲げられたのが、「国民本位の電子行政の実現」だ。今後の電子行政の展望について、内閣官房情報通信技術(IT)担当室・井上知義内閣参事官に聞く。

──井上参事官には、本誌2008年7月号において、総務省自治行政局地域情報政策室長の立場から電子自治体の状況について伺いました。それから2年、当時はまだ構想段階だった「コンビニにおける証明書等の交付」(コンビニ交付)が今年2月にスタートするなど、利用者の利便性向上への取り組みが着々と進んだなと実感しています。

井上 そう感じていただけると、当時関わった者としても非常に嬉しいですね。コンビニ交付については、今年5月に公表された『新たな情報通信技術戦略』でも重点施策の一つに挙げられ、サービスを拡大するための具体策としてロードマップを2010年度に策定することが盛り込まれました。現時点で住民が交付を受けることができるのは住民票の写しと印鑑登録証明書に限られていますが、利便性向上の観点からは、戸籍謄抄本など証明書等の種類の増加やサービス拠点の拡大が期待されています。
──なるほど。現在、所属されている内閣官房情報通信技術(IT)担当室とは、どういう組織なのでしょうか。
井上
 IT担当室は、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)の事務局としてその活動をサポートするとともに、IT政策を推進するにあたって各府省間の総合調整役も担っており、現在は、各府省や民間企業からの出向者約40名で構成されています。また、IT担当室のなかには、各府省と連携して府省共通業務・システムに関する施策の総合調整および支援を行う「電子政府推進管理室(GPMO)」(平成18年4月設置)が設置されています。

国民本位の電子行政の実現へ

──『新たな情報通信技術戦略』に続き、6月には『新たな情報通信技術戦略工程表』も公表されましたが、これについて教えてください。
井上
 『新たな情報通信技術戦略』は、別途公表された『新成長戦略』とともに、今後の日本の持続的成長を支える基礎をなすものとして策定されたものです。新戦略では、「国民本位の電子行政の実現」、「地域の絆の再生」、「新市場の創出と国際展開」を三つの柱として、具体的な施策と目標を設定しました。このうち一つ目の柱である「国民本位の電子行政」では、2013年までに、社会保障・税の共通番号の検討と整合性を図りつつ電子行政の共通基盤として「国民ID制度」を導入することとしています。また、主要な手続や証明書入手を、週7日24時間ワンストップで行えるようにするため、2013年までにコンビニ、行政機関、郵便局などで国民の50%以上がサービスを利用することができるようにする計画です。二つ目の「地域の絆の再生」については、2020年までにすべての国民が質の高い医療サービスを利用できるようにするとともに、ITを利用した学校教育などの環境の整備、あるいは2015年頃を目途に全世帯でブロードバンドサービスの利用を実現することなどが明記されました。さらに、三つ目の「新市場の創出と国際展開」では、環境・エネルギー、医療・介護、観光・地域活性化などの分野において、クラウドコンピューティング等の導入を推進し、2020年までに約70兆円の関連新市場を創出するとしています。
──10年後の日本の姿を描いた計画というわけですね。
井上
 そうですね。そして、新戦略で掲げた30の重点施策について、“いつまでに、誰が、何を行うか”をまとめたのが、『新たな情報通信技術戦略工程表』(下図)です。ここでは、短期(~2011年)、中期(2012~2013年)、長期(2014年以降)に分けて、各府省の具体的取り組みを示しています。そのなかでも関係府省が多く、特に連携が必要な「電子行政」「医療情報化」「高度道路交通システム(ITS)」の三つの分野については、先頃、IT戦略本部企画委員会の下に有識者から構成されるタスクフォースを設置しました。このうち「電子行政に関するタスクフォース」では、(1)電子行政推進の基本方針の策定、(2)行政サービスのオンライン利用に関する計画の策定、(3)行政ポータルの抜本的改革と行政サービスへのアクセス向上、(4)国民ID制度の導入と企業コードの導入、(5)全国共通の電子行政サービスの実現、(6)行政情報の公開、提供と国民の政策決定への参加等の推進──に関する調査・検討を行います。これらのタスクフォースの活動も、IT担当室がサポートしています。「電子行政」関係の担当は、現在20名ほどいますが、我々もしっかり下支えしていかなければと考えています。

出典:高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部『新たな情報通信技術戦略 工程表(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/100622.pdf

「国民ID」と「企業コード」に注目

──そのなかでも、特に注目すべきポイントは何でしょうか。
井上
 第一に「国民ID制度」の導入です。これは各府省や地方公共団体といったさまざまな行政機関等がバックオフィスで情報連携するための基盤を整備することで、行政機関等が保有する自己に関する情報を国民が有効活用できるようにし、より効率的で透明性の高い社会を実現するものです。工程表では、2013年までに制度設計、関連法令の整備や詳細なシステム設計等を行い、2014年以降のサービス提供を目標としています。
──それは市区町村の業務にも大きく影響しますね。
井上
 国民ID制度が実現すれば、庁内はもちろん、市区町村間、あるいは市区町村と都道府県・国との間で相互連携が可能となります。それにより、行政の効率化が図られ、住民にとっても「ワンストップサービス」や「プッシュ型の行政サービス」が実現されるなど利便性が格段と向上します。さらに、例えば、福祉・介護分野の国のシステムと連携することで、昨今社会問題となった「消えた高齢者問題」などの解消にも効果があると考えられます。
──以前にも、「電子私書箱構想」や「社会保障番号(仮称)構想」がありましたが、これとの違いは何ですか。また、「住基カード」などとの整合性はどうなるのでしょうか。
井上
 「電子私書箱構想」や「社会保障番号(仮称)構想」とは、概念的にはかなり共通点もあるかもしれませんが、国民ID制度は新たな枠組みのなかで登場してきたものです。また、「住基カード」とは、当然、整合性を図っていく必要があるでしょう。これについては今後、タスクフォースでの検討過程で議論が集約されていくと思います。
──なるほど。
井上
 また、国民ID制度においては、自己に関する情報の連携が進むことに対応して、適切な個人情報保護の仕組みをどう作るかということもセットで検討する必要があります。個人情報保護に関する第三者機関の設立や、それに伴う法制度の整備も重要な検討課題でしょう。これについては、工程表でも短期に取り組むべき施策として、〈個人情報保護に関して自己情報を確認できる仕組み等を検討するとともに、監視等を行う第三者機関のあり方を明確化する〉ことを打ち出しています。実際、諸外国でも個人情報保護機関として独立性をもった第三者機関を設けているケースはかなりあります。
──また、国民IDとともに「企業コード」の導入も計画されていますね。
井上
 電子行政サービスの利用者は、国民と企業であり、企業を識別するコード体系の整備は非常に重要であると考えています。現状では、例えば、行政には法務省の「会社法人等番号」、民間には帝国データバンクの「TDB企業コード」など多種多様な企業コードが存在しており、統一的、あるいは分野横断的に活用することが困難です。また、それぞれの企業コードごとに事業所の支店や個人事業者、あるいは人格なき社団などが含まれていたりいなかったりするなど、対象の網羅性という点でも十分とはいえません。行政サービスの提供を受ける企業の視線で見ると、現状では共通の企業コードにより行政機関などの間で情報連携がなされていないために、各種行政手続において多くの書類を提出しなければならず、そのために相当のコストがかかっています。識別コードが統一され、それを利用した情報連携の仕組みが整備されることにより、多くの企業で大幅なコスト削減効果が期待できるでしょう。
──新戦略では、全国どこでも自らの医療・健康情報を電子的に管理・活用することができる「どこでもMY病院」構想があります。この点、企業には社員の安全配慮義務において、例えば健康診断の情報を集約して確認したいというニーズがあります。また、労働基準監督署などへの届出は、事業所単位で行うことが求められています。法人の識別コードと事業所の識別コードなどが体系化されれば、こうした面でも非常に便利ですね。
井上
 その意味では、国民IDと企業コードは、これからの電子行政の基盤になるといえるでしょう。実際によく利用される仕組みにすることが重要で、社会のニーズを十分に踏まえながら、いろいろと智恵を絞っていかなければなりません。
──企業コードは、いつから導入される計画ですか。
井上
 工程表には明記されていませんが、国民ID制度の情報連携の仕組みと歩調を併せて検討していく必要があると思います。

電子行政の司令塔「政府CIO」

井上 工程表でもう一つの大きなポイントといえるのが、電子行政推進の司令塔となる「政府CIO」の設置です。米国では連邦政府CIOが設置され、各府省間の調整機能等に一部課題が指摘されるものの、オープンガバメントやクラウド関連の施策の展開にリーダーシップを発揮しているといわれています。日本でも、海外のさまざまな事例をよく調査・分析しつつ、政府CIOに充てるべき人材、政府CIOを支える体制なども含め具体的な制度設計を進めていくことが必要です。新戦略では、その前提として〈これまでの政府による情報通信技術投資の費用対効果を総括し、教訓を整理する。その教訓にもとづき、電子行政の推進に際しては、費用対効果が高い領域について集中的に業務の見直し(行政刷新)を行った上で、共通の情報通信技術基盤の整備を行う〉ことを打ち出しています。また、クラウドコンピューティング等の活用や企業コードの連携等についても、その一環として行われます。これについても今後、タスクフォースで議論を深めていくことになるでしょう。
──市区町村でも、CIOやCIO補佐官の設置が進んでいますが、それぞれの関係はどうなるのでしょうか。
井上
 新戦略の重点施策として「全国共通の電子行政サービスの実現」が掲げられており、そのためには地域主権や地域の独立性を尊重しつつ、国と地方が協力して電子行政を推進する枠組みを作っていくことが重要です。その点では、政府CIOと自治体CIOの関係をどうしていくかが、国と地方の連携を考えていく上でも重要な検討事項となるのではないでしょうか。
──新戦略でも「オープンガバメント等の確立」が掲げられましたが、日本の電子行政は諸外国に比べ遅れています。
井上
 国連が発表した電子政府ランキングによると、いま、電子行政が最も進んでいるのが韓国で、今年1位となりました。次いでアメリカが2位、カナダが3位と続き、日本は17位です。上位にランキングされたのは欧州各国で、特に北欧の取り組みが目立ちます。そうした先進国の例は大いに参考になるでしょうね。
──韓国ではトップダウンで地方の電子行政を進めましたが。
井上
 日本の場合、電子行政を効率的に進めることと、地域の独自性や地域主権にどう配慮し尊重していくか、という二つの視点が必要だと考えています。特に、地方の電子行政という点では、総務省がかねてより「自治体クラウド」へ取り組んでいます。これは、近年さまざまな分野で活用が進むクラウドコンピューティングを電子自治体の基盤構築にも活用して市区町村等のシステムの集約化を図り、共同利用を実現しようというものです。自治体クラウドは、地方が主体となり電子行政を進めていく先鞭となる動きとなるのではないかと見ています。国民ID制度により情報連携の基盤が整備されれば、相乗効果が働き、自治体クラウドもさらに大きく進展するでしょう。
──それによって、利用者の利便性がさらに高まるというわけですね。
井上
 行政のバックオフィス連携、官民連携を進めるということは、要は従来の「紙台帳」を前提とした申請主義の行政サービスから脱却を図るということです。情報連携が実現すれば、紙による申請・交付自体が不要になります。究極の目標はそこでしょうね。直ちにそうした世界が来るわけではありませんが、それを目指していくという姿勢は重要でしょう。

市区町村に期待する点

──自治体クラウドの話題が出ましたが、住民や企業の利便性向上の視点で行政サービスを設計し直し、システム化を図るには、BPR(業務プロセス改革)の推進が不可欠ですね。
井上
 おっしゃる通りですね。その点では、自治体クラウドにおいても個別具体的なBPRをいかに実現できるかが大きなポイントとなるでしょう。実際、BPRなしでは情報システムの集約化、共同利用は難しいですよね。電子行政を実現し、そのメリットを享受するためにも、業務改革による業務の簡素化・標準化は必要不可欠と認識すべきです。大変であっても、こればかりは避けて通れません。市区町村の皆さんには、ぜひしっかり取り組んでいただきたいところです。
──現状では、市区町村ごとに帳票様式が異なりますが、今後、全国共通の電子行政サービスを推進する上では、フロントサービス部分の統一化も必要です。
井上
 そうですね。バックオフィス連携と、フロントオフィス部分での電子的フォーマットの統一化は、どちらか一方だけでは意味がありません。相乗効果を意識しながら並行して進めていくことが重要です。
──今後、市区町村へ期待される点は何でしょうか。
井上
 市区町村は、いま非常に厳しい財政状況に置かれています。それはどこの団体でも同じです。そうしたなかでも、恐れず、かつ賢く情報化投資へ取り組んでいただきたいと思います。そのためには、やはりクラウド化の流れに乗っていくことが重要でしょうね。ただ、実際に導入するまでには時間もかかるため、予め準備をしておかないと、いざという時に対応できません。また、すべての業務システムを一気にクラウド化するのは現実的ではなく、手順をよく検討する必要があります。その意味では、まずは一部の業務で「ASP/SaaS」を活用してアウトソーシングを進めていくことも考えられるのではないでしょうか。それだけでも、特に小規模な団体では有効だと思います。e-Japanに始まった電子行政の構築ですが、その狙いはいま「利用環境の整備」から「利用者視点の行政サービス・行財政改革」へと変わりました。2020年に向けて、日本の電子行政も大きく変貌すると思いますが、財政状況などを理由に住民サービスの地域格差が広がることだけは絶対に避けなければなりません。そのためには、国・地方がよく協力、連携して電子行政を推進することが不可欠であり、国としても必要な支援を積極的に行う必要があります。すべての自治体が時代の波に取り残されないよう、地域の住民や企業の利便性が損なわれないように、市区町村には一層の努力を期待するとともに、その成功を願ってやみません。