電子自治体推進を支援する情報誌「 新風」

【特集】

タイトル

3月11日、三陸沖を震源とする国内観測史上最大の東日本大震災が発生。太平洋沿岸部の市町村を大津波が襲い、自治体職員も多く犠牲となった。庁舎や情報システムが壊滅的な被害を受け、災害応急業務に支障を来した団体もある。この日を境に住民の危機意識は一変。衆人環視のもと、改めて自治体の「業務継続性の確保」に向けた取り組みが始まった。そこで、大規模災害に備えて、情報部門がいま何をすべきか考える。

 日本は、これまでにも多くの震災に見舞われてきた。近年発生した主な地震だけでも、平成7年の阪神・淡路大震災をはじめ、能登半島沖地震(平成5年)、鳥取県西部地震(平成12年)、新潟県中越地震(平成16年)、新潟県中越沖地震(平成19年)、岩手・宮城内陸地震(平成20年)などがある。

 だが、東日本大震災は我々の常識をはるかに超える規模となった。死者・行方不明者は約2万3,000人、建築物の全壊・半壊は12万棟以上に上る(平成23年6月12日警視庁発表)。液状化現象や地盤沈下、建物の崩壊・崩落などの被害は首都圏にも及び、1都7県が災害救助法の適用を受けた。電気や通信網などライフラインも長期間にわたって停止し、物流が寸断され灯油やガソリンなどの燃料が不足したのである。
 事態を一層深刻にしたのが、東京電力福島第一原子力発電所の事故だ。半径20キロ圏内の警戒区域では、住民とともに行政機関も避難を余儀なくされ、復旧・復興支援もままならない状況が続いている。また、福島県はもとより、近県の第一次産業においては出荷規制や風評被害による損害が続出した。さらに原発事故の問題は、いまや原発のある全国の自治体へ飛び火し、国のエネルギー政策の見直し論にまで発展している。
 いまだ余震活動も活発で、政府地震調査委員会は、日本周辺で想定される地震の発生確率などを見直すことを表明。東海、東南海、南海地震についても想定を再検討するという。
 今回の震災で、全国の市区町村が最も衝撃を受けたのは、大津波により太平洋沿岸部を中心に庁舎が壊滅的な被害を受け、職員も犠牲となったことで、多くの自治体で災害応急業務を実施できないという事態に陥ったことだろう。こうした事態は、災害対策基本法でもまったく想定していなかった。「自治体は被害を受けない」という、従来の認識が“死角”となったのである。

想定外の想定が、危機管理だ

 巻頭言にご登場いただいた吉田稔氏は、『月刊LASDEC3月号』(財団法人地方自治情報センター発行)への寄稿で、この事態について警鐘を発していた。東日本大震災の発生は、まさにその直後のことだ。吉田氏は、阪神・淡路大震災の経験を踏まえ、「危機は必ず想定外。想定外の想定が危機管理だ。東日本大震災をただのエピソードで終わらせず、これまでの危機管理を変える契機としなければ」と訴える。

 ひとたび災害や事故が発生すると、市区町村は、住民の生命・身体の安全確保および財産を保護するという責務を負う。
 災害発生時に、まず立ち上げなければならないのが「応急対策業務」だ。これに伴い、各部門では住民の安否や被災状況の確認、緊急物資の管理、避難所の入退室管理、罹災証明や被災家屋証明書の発行、義援金等の給付管理、仮設住宅の入居申込や抽選管理など、さまざまな緊急的業務が発生する。これらの業務を行うには“行政機能の維持”が大前提だ。そのため、災害等で自治体自身が深刻な被害を受けても、業務をなるべく中断させず、中断してもできるだけ早急に復旧させるための行動計画が必要となる。
 しかし、災害対策基本法(第40条)に基づき、ほぼすべての団体が策定している「地域防災計画」に比べると、「業務継続計画(BCP)」の策定率は非常に低い。平成22年1月時点で、市区町村の9割にあたる1,625団体が計画を策定していなかった(内閣府・総務省消防庁/地震発災時を想定した業務継続体制に係る状況調査)。計画策定が進まなかった理由として、財政難や必要な人員・人材の不足が挙げられるが、もはや「計画を策定しない」という選択肢はありえない。
 現在、自治体向けには『地方公共団体におけるICT部門の業務継続計画(BCP)策定に関するガイドライン』(平成20年8月/総務省)や、『地震発災時における地方公共団体の業務継続の手引きとその解説』(平成22年4月/内閣府)が公表されている。被害想定や技術動向など3.11後の現状にそぐわない部分はあるものの、基本的な「マネジメント」の考え方に変わりはない。市区町村がBCPの策定・見直しを行う際には、これらをベースに今回の震災を教訓とした内容を織り込み、地域特性なども勘案して、中長期の視点から業務継続性の改善を目指すことになる。

大震災で何が起きたのか

 では、今回の震災を教訓として情報部門では何を考え、どんな行動をすべきなのだろうか。そこで重要なのは「被災の原因やその被害規模の大きさ」ではない。システム障害で業務が停止したみずほ銀行の例もあるように、業務継続性を阻害するのは自然災害とは限らないのである。そのため、どのような事態に陥っても行政の機能・重要業務を停止しない、停止しても短期間で再開するために何ができるかを考えることが重要だ。
 東日本大震災の被害全貌はいまだ明らかになっていないが、すでに起こった事実から、業務継続性に影響する課題を整理すると図のようになる。

 業務継続性を考える上では情報システム抜きに語れないが、システムの復旧・継続には庁舎や設備、電力・通信回線、人員といった最低限必要となる“資源”がある。そのため情報部門では、これらの資源が使用できない事態を想定して、重要な行政サービスを継続するのに必要な“情報”と“システム”をいかに「迅速に復旧」して業務を再開させるかを考え、可能な限り「代替案」を準備することが求められる。なかには多額の投資判断を伴うなど、簡単には解決できない問題もあろう。だが、BCPでは現時点で実現できなくても、将来的な課題として認識しておくことが重要なのだ。
 情報システムの復旧・継続に必要な対策について、以下に「初動」「復旧」「復帰」のフェーズごとに考えてみたい。
 まず、災害発生直後は人命救助が最優先事項となるが、これと平行して安否確認や被災者支援のための「初動」体制をスムーズに立ち上げる必要がある。これには「被災者支援システム」(詳しくは本誌巻頭言をご覧いただきたい)の事前導入および運用訓練を行っておくことを検討したいところだ。

 しかし、今回の震災では情報システムが使えず一定期間、手作業による処理をせざるをえない事態も発生しており、これに備えた対策も講じておかなければならない。TKCパートナー企業のエクナ株式会社(本社・盛岡市)のお客さまである岩手県大槌町では、基幹システムの復旧へ取り組むとともに、TKCで分散保管していた住基情報を「紙」と「CSV形式」で入手し、安否確認などの業務に役立てたと聞く。また、情報システムの復旧にはベンダーの協力が欠かせないことから、恒常的に緊急時の対応について情報交換しておくことも重要だろう。
 次いで、「復旧」フェーズでは、税金や保険料の減免、あるいは本人確認のための証明書の発行など災害時でも止められない重要業務の対策の検討が必要だ。
 それには、まず現行の「バックアップ方法の見直し」が最優先事項となる。
 総務省では、今回の震災で住民情報等が喪失した団体に対して『東北地方太平洋沖地震等に関する住民基本台帳事務の取扱い(通知)』を発出し、住民の安否確認や被災者支援について住基ネットで保有する基本4情報を活用できるようにした。しかし、これでは国民健康保険や介護保険などの情報を把握することはできない。そのため、重要な情報のバックアップデータは庁舎内で保管せず、遠隔地や一定の資格を有する民間等のデータセンターへ預けるなどの対策が必要だ。それとともに、業務継続の観点からは重要システムのバックアップの検討も必至といえる。
 その点では、サーバのハウジングなど、いわゆる「プライベートクラウド」を選択する方法もある。実際、震災で本庁舎が使用禁止となった栃木県佐野市では、昨年秋にハウジングへ切り替えていたことで、仮庁舎への窓口業務の移設もスムーズに行えたという。なお、通信インフラが途絶した場合の備えとして、佐野市では庁内に「照会発行サーバ」を設置し、万一の事態にも重要業務を止めない仕組みを備えている。このように何か特別な仕組みを構築するばかりではなく、日常業務のなかでできる手立てを工夫するという視点も大切だろう。
 また、今回の被災団体では手作業やネットワークに接続しないパソコンで管理するなど、臨時的な対応をとったケースも少なくない。その場合、臨時対応した間に発生した異動データをはじめ、更新すべき情報を入力し、原課担当者によるシステムテストを確実に実施した上で、システムを再稼働する──といった手続きを踏むことが欠かせない。
 その上で「復帰」のフェーズに進むことになる。

再認識されたクラウドの価値

 さて、震災を機に改めてその価値を認識されたのが「クラウドサービス」だ。
 これについて、財団法人地方自治情報センター(LASDEC)研究開発部主席研究員の伊駒政弘氏は、「クラウドは、庁舎が壊滅的な被害を受けても、仮庁舎でネットワークや端末さえ利用できれば運用が可能で、重要業務の継続に関するリスク軽減を図ることができる」と語る。
 クラウドサービスは、これまで想定されていなかったものだが、BCPの策定・見直しでは、こうしたICTの進化も常に取り込んでいかなければならない。
 また、その活用にあたり、住民情報の庁舎外への設置や外部ネットワークとの接続を禁止している団体では、その規定や情報セキュリティポリシーの改定が必要になる。BCPの策定・見直しでは、こうした既存の規定等との整合を図ることも大切だ。
 クラウド活用の動きは、コスト削減効果とともに危機管理の観点からも今後加速すると見られるが、課題もある。サービスの利用にはネットワークを使えることが前提となるのに加え、自治体自身は被害を受けていなくても、事業者のサービス拠点が被災した場合にその影響が多数の団体に及ぶリスクがあるということだ。報道によれば、今回の震災で自家発電装置の燃料切れでサービスを停止したデータセンターもあったそうだ。
 そのためクラウドの活用においては、「ネットワークの確保」や「費用対効果」とともに、サービス拠点の「立地(自然災害のリスクが少なく、堅牢な地盤にあるかどうか)」や「施設(免耐震性能や設備の冗長化、情報セキュリティ対策など)」なども含め、総合的に判断することが必要となる。
 こうした、市区町村の業務継続性の問題については、いま国も積極的に取り組んでいる。総務省では平成22年度の「自治体クラウド開発実証事業」で、必要なデータのバックアップやデータセンター間のバックアップの検証などを行った。また、LASDECでも、平成23年度事業で「地方公共団体の業務継続計画(BCP)におけるバックアップサイトのあり方に関する調査研究」を計画しており、情報部門としては、こうした動きにもぜひ注目しておくべきだろう。
 なお、TKCをはじめ多数の顧客を持つ事業者にとって、クラウドサービスの停止は重大な事業リスクとなることから、すでに大規模震災を想定した対策の見直しが始まっている。ただ、物理的・技術的には可能でも、規制等がネックとなって現状では簡単に実現できないものがあるのも事実で、クラウド活用への議論が深まるなかでこれらの問題も解消されていくことを期待したい。

危機管理は行政経営の必須条件だ

 伊駒氏は、「東日本大震災で起きたことは、もはや想定外ではない」と語る。大震災で受けた衝撃は時間の経過とともに薄れていく。だが、震災は全国どこでも起こりえることであり、市区町村は今回発生した“事実”に備える対策を早急に考えねばならない。

 ただ、業務継続性を阻害するリスクは、地震など自然災害だけではない。社会や経済環境が変化すれば、新型インフルエンザの流行など自治体の事業活動を脅かす新たなリスクが次々と発生する。そうしたリスクを想定することも大切だ。例えば、震災を機に「ソーシャルメディア」が注目されているが、個人のひと言が組織に大きな損害をもたらす新たなリスクともなりかねない。そのため活用にあたっては、組織全体での利用ルールの策定や職員研修が欠かせないのである。
 その意味では、BCP策定メンバーについても従来の認識を改める必要がある。
 これまで市区町村の危機管理においては、多くの場合、主に防災・消防関連部門がその経験則のなかでリスクを判断してきた。しかし、市区町村を取り巻く社会環境が大きく変化し、リスクが多様化するなかでは、重大なリスクに気づかないまま放置することにもなりかねない。しかし、いまだ多くの団体では「防災・消防関連部門と情報システム部門との連携が十分になされているとは言い難い」(吉田氏)のが実状ではないだろうか。これについては、「地域防災計画」と「BCP」を別々に考えるのではなく、住民本意の新たな「総合防災計画」を組織横断で策定することが急務であろう。
 危機管理は、行政経営の必須条件だ。単にアウトプットとしてBCPを策定するだけでなく、継続して改善していく組織全体の仕組みにしなければ意味がない。すべての職員へ意識を浸透させるためには、緊急事態を想定した模擬訓練を定期的に実施することも大切だろう。また、組織変更や新たな情報システムを導入した場合には、その都度、計画の有効性を見直し、改善する必要がある。その意味では、首長の理解とリーダーシップがあってこそ円滑な運用も可能で、トップの積極的な関与が成功の鍵ともいえる。
 実際、先に紹介した佐野市では、岡部正英市長が業務継続性の確保のためハウジングを決めた。まさに、トップの判断がリスク回避につながった好例だ。
 BCPの策定へいち早く取り組んだ奈良県奈良市では、小誌平成21年7月号において、その効果を「重要な業務や情報資産などの再認識に加え、今後の業務の見直しや最適な経営資源の配分などの相乗効果が期待できる」と語っている。さらに「BCPは手段であって目的ではない。重要なのはBCPが意図するところを自分たちの業務のなかで考えていくプロセスだ」とも。計画を作っても実際の災害時には臨機応変な判断が求められる。だが、計画策定のなかで互いに共通認識を持つことで、初動時の早期対応につながるというのである。
 市区町村は、住民に最も身近な団体として地域の福祉や教育、まちづくりといったサービスを提供する役割を持つ。それは、見方を変えれば業務を通じて住民へ“安心”を与えることにほかならない。危機的状況下にあっては、なおさらのことだろう。業務を継続することの本質はここにある。
 震災からの復興へ、日本中が一つとなった挑戦はまだ始まったばかり。市区町村にとっては、大きな試練を突きつけられたいまだからこそ、新しい一歩を踏み出すチャンスなのだ。