電子自治体推進を支援する情報誌「 新風」

【特集】

タイトル

新政権発足で、やや足踏み状態の感がある「電子政府・電子自治体」。現時点で政府の意向は明らにされてはいないが、欧米諸国の動きを見ても『i‐Japan戦略2015』が示した電子行政の方向性がそう大きく変わることはないだろう。
2010年は、変化が始まるとされる「寅」年。歴史上でも幾多の変化が起こっている。電子自治体分野をリードする識者3名のフリートークで、電子行政の今後を占ってみる。

須貝 『e-Japan戦略』が策定されてから『i-Japan戦略2015』策定に至る10年間で、全国において電子自治体の構築が進められてきた。この成果としては、行政内部の情報化が進んだことに加え、ほとんどの団体で個人情報保護条例やセキュリティポリシーが策定されたことが挙げられる。一方の課題は、多くの国民が実感できる成果を上げられていない点に尽きるだろう。電子自治体の目的は、その経過のなかで「IT基盤整備」から「IT利活用の促進」、そして「社会の構造改革」へと進化してきたが、多くの自治体が未だ基盤整備の段階で甘んじている気がする。
新免 その原因としては自治体の取り組みだけの問題ではなく、法制度や国・地方との役割分担など複合的な要素があり、これを一つひとつ解消していかないと電子行政を社会へ定着・浸透させることは難しいだろう。これまでの経過を検証し、新戦略が示す「利用者の利便性向上」「行政事務の効率化・標準化」「行政の見える化」の視点から電子行政の方向性を見定め、真に国民のためになる仕組みにしていかなければならない。
井堀 利活用が進まない理由は、「行政内部の視点」と「住民の視点」の二つに分けて整理できる。確かに、行政内部の情報化は個別業務単位ではある程度のところまで進んだが、業務間や組織・機関間の連携という点ではまだお粗末な状況で、ITが最も得意とする分野が十分活かされていない。また、基盤についてもハード面では整備が進んだが、それを有効活用するための組織体制や人材、法制度といったソフト面の基盤整備が不十分だ。一方、住民から見れば、行政手続は申請主義で、添付する書類も多く、せっかく申請手続がオンライン化されても、業務プロセスは最適化されずに縦割り行政のまま連携されていないため、使い勝手が悪い。電子自治体の第1段階は完了したので、第2段階へステップアップするためにも国、地方、民間の連携、共同化・標準化による電子行政の底上げに一丸となって取り組むべきだ。

見えてきた変化の兆し

須貝 すでに北欧諸国や韓国などでは、国家戦略として電子行政を強力に推進しており、日本との格差は開くばかりだ。行政サービスは国民や企業の生活・活動を根幹から支えるものであり、この分野での立ち後れは国益としても大きな損失だろう。新戦略が、重点分野の筆頭に電子政府・電子自治体分野を挙げたのはその危機感の表れだと思う。国がリーダーシップを発揮して、国と地方が一体となった電子行政の早期実現へ具体的な方策やロードマップを示すべきだ。これは、技術的な視点から行政事務の効率化を進めるものなので、地方分権や地域主権の流れと何ら反するものではなく、必要であれば法的な拘束力をもってでも推進すべきではないのか。行政刷新を進める新政権には、しっかりと「新たな行政改革」の舵をとってもらうことを期待している。
井堀 いま、電子行政の道を拓く変化の兆しを感じる。その一つの動きが、平成21年7月に発足した「デジタル利活用のための重点点検専門調査会」だ。これはデジタルの利活用を阻む規制・制度・慣行、サービスなどを点検し、抜本的に見直そうというもの。阻害要因の一例として挙げられたのが、「住居表示台帳」の問題だ。現行制度では、住居の新築届や住居表示の変更の証明書を交付する際に必要な住居表示台帳を、紙で管理することを前提としているが、そのために費やす行政コストは無駄が多い。いま、GIS(地理空間情報システム)が広く普及するなか、住居表示台帳を電子的に管理・運用できるようにすれば非常に便利で、行政コストも削減できる。これについては国も迅速に対応し、今年度中には改善できるよう準備を始めている。このように技術や制度面などの最適化を検討していくことが重要だ。
新免 そうした協議が始まったのは大きな前進だ。実際、ちょっとした課題を解決するだけで飛躍的に効率化できる業務は多い。例えば、地方税の電子申告受付サービスは659市区町村にまで広がったが、現状では自治体から国税へ、住民税の申告情報を所得税の電子申告データとして渡せる仕掛けがない。仕組みは簡単なのだが、旧来の制度や慣行がネックとなっている。その点では、国税連携は市区町村にとって明るい兆しであり実現が待ち望まれるが、これもまだ改善の余地がある。いま国税の電子申告では、医療費の領収書や源泉徴収票などは一定期間保管することで添付する必要がない。これでも従来に比べれば便利なのだが、韓国ではその保管すらも不要だという。その意味では、国・地方が連携して行政手続全般を見直すことが不可欠だ。

国民主役の電子行政サービスとは

井堀 これからの電子行政で取り組まなければならないことの一つに、国・地方などが所有する情報を、国民が直接自分で確認できるよう“見える化”することがある。実現には、国や地方などの行政機関のデータ連携や本人確認など情報セキュリティ対策の環境整備が不可欠だ。電子行政の先進国では、すでにそうした仕組みが実現している。わが国の「国民電子私書箱構想」は、国民主役の電子行政サービスを実現させる一つの突破口として期待していたが、先行きが不透明になり不安だ。また、申請主義を廃し、プッシュ型で国民に行政サービスを提供できるようにすることも大切な取り組みだろう。フランスでは、子どもを出産すると医療機関と行政機関とが連携して出産育児一時金等の受給に必要な手続を済ませるなど、国民の利便性に配慮している。しかし、日本の場合は多くが役所の窓口まで本人が出向いて手続をしなければならない。例えば、母子家庭の児童扶養手当の現況届けをするために、小さな子どもを連れたお母さんが仕事を休んで役所へ出向き、長い時間行列に並んで現況の確認審査を受ける…。本来であれば、職員はそうした人たちの生活を支援するために存在するのであって、事務的な確認などはデータ連携すれば済むことだ。行政はこの状況を改善し、国民一人ひとりに適切なサービスを提供できる仕組みを社会インフラとして整備しなければならないと強く思う。
須貝 いずれ、そうした仕組みが必要となるのは間違いないだろう。ただ、国民のなかに「一部の省庁がいっているだけじゃないのか」という感覚があるのも否めない。その意味では、電子私書箱や社会保障カードについてはいろいろ議論はあろうが、名称はともかく政府の方針として施策の方向性を早く示して“見える化”する必要があるのではないだろうか。
新免 かつて、日本でも国民総背番号制の導入が検討されたことがあったが、「国家による国民の監視・管理につながる」と騒ぎになったことが足枷となり、これまで表立って議論されることがなかった。いま、改めて税と社会保障制度に共通する番号制度の導入が注目されているが、根強い不信感を払拭し、利便性の観点から議論が活発になるよう今後に期待したい。
井堀 それについては、日本でもオーストリアなどで採用されている個人情報を適切に管理できる「分野別識別番号方式(セクトラルモデル)」導入の議論が高まってきた。この管理方式は、個人情報を保有する各機関が、同一個人を識別する番号を各機関が別々に持っていても、個人情報を適切に管理する第三者機関だけが統一番号を持っていて、各機関が求めるデータ連携の橋渡しをするという方式だ。このように国民が安心できる仕組みを早く実現すべきだ。
新免 データ連携を図るために、行政でも同定作業に多大な労力がかかり、その上に多くのミスが発生している。
須貝 一方で高齢者など情報弱者に対して、どうやってワン・トゥ・ワンを図っていくのかも考える必要がある。国民主役のデジタル社会を作るとともに、そこから外れる国民も含めて、みんなが満足できる社会にするのが目標なんだから。
新免 これまでの情報弱者対策といえば、情報端末を貸与して、それが利用できなければテレビのリモコンを使って…という具合に、別の手立てで何とかITを利用してもらおうとしてきた。だが、高齢者でなくても面倒だからいままで通りでいいという人もいる。肝心なのは道具ではなく、サービスの質を高めることだ。その本質を理解する必要がある。
井堀 すべての国民に、情報端末の利用を求めているのではないわけだから。電子行政サービスでは、エージェント(代理人)やコンシェルジュ(案内人)、プッシュ(脱申請)を充実させるべく環境を整備して、デジタルの効用を誰もが享受できるようにすることが不可欠だ。

ICTの新たな潮流

新免 共通化・標準化の新たな動きとして、「自治体クラウド」に注目している。資源の有効利用や処理内容・手法の統一化、ベンダーの寡占化問題の解消といった点では大いに賛成だが、アプリケーション部分では地方の意向も十分反映した共通化が不可欠だ。大都市圏と地方の村とでは、自ずと求めるものも、やり方も異なり、一つのクラウドですべてを解決するのは困難だろう。地域のニーズや特性に合わせて、アプリケーションを選択できる仕組みを考えるべきだと思う。
井堀 行政システムは、全国で共通化すべき部分と、地域のニーズや特性に合わせて個別に整備する部分を分けて考える必要がある。情報システムの機能や情報は、体系化して管理し、総合力を高めていかなければならない。自治体クラウドへの取り組みには期待することが多々あるが、構築に向けては、全国の自治体や国、民間企業等がすでに持っている情報システムや設備機器、人材を貴重な資産として活用することを前提に、国家戦略として国がリーダーシップを発揮して早期に実現すべきだ。
須貝 民間との連携は、今後ますます重要になるだろう。地方自治情報センターでは、民間の協力を得て住民基本台帳ネットワークシステムやLGWANの運営・管理を行っているが、自治体が民間とパートナーを組む場合でも、自治体が主体性をもたなければうまくいかない。その点では、外部の専門家をCIO(最高情報責任者)に起用する自治体も多いが、中長期的な視点からは、庁内で行政事務とITに精通した人材育成を考えるべきだろう。自前育成が原則だが、個別でできることには限界もあり、そこに我々の存在意義があるのかな…と感じている。
井堀 行政サービスを、民間と連携して提供することは非常に重要だと思う。例えば、地方自治情報センターが中心となって準備している「コンビニ証明書交付サービス」に注目すべきだ。平成22年2月から全国のコンビニで、住基カードを使って、住民票や印鑑登録証明書をキオスク端末で受け取れる画期的なサービスが始まる。これは、国民が安心して便利に証明書の交付サービスが受けられるよう、国と地方、民間が共同で構築したものだ。各機関が連携する仕組みとなっており、費用対効果も極めて高い。
須貝 「コンビニ交付」は市川市と三鷹市、渋谷区でこれから本格的な実証実験が始まるところだが、これがきっかけとなって民間と行政が互いにWin-Winの関係を構築できれば素晴らしいし、新たな行政窓口のあり方を探る一つの試金石となればいいね。
新免 地方にはコンビニがない町村もあるため、農協や郵便局、ガソリンスタンドなど地域が持つリソースをより広く活用できる仕組みを考えることも必要だ。

取り組みを加速すべき分野とは

新免 安心・安全なデジタル社会という点では、情報セキュリティ対策は避けて通れない。岡山中央総合情報公社では、圏域の情報システムの共同構築・運営を担っているが、公社が事業者としてプライバシーマークや情報セキュリティ・マネジメントシステム(ISMS)の認証を取得するだけではなく、情報システムを共同で利用している市町村も含めて、一体となった対策を講じていくことが重要だと考えている。
須貝 現状を見ると、規模が小さな団体ほど、情報セキュリティ監査や緊急時の対応訓練、研修などの実施体制が不十分で、これも電子行政に向けた重要課題だ。この点、地方自治情報センターでは、自治体の情報セキュリティ対策に資するため「eラーニングによる情報セキュリティ研修」や「ウェブ健康診断」、「内部監査アドバイザーの派遣」「ICT部門の業務継続計画策定支援」など各種支援策を講じている。これらを大いに活用して対策強化に努めてほしいね。
井堀 市川市とその周辺都市では、協力し合って情報セキュリティ対策などに取り組んでいる。平成21年10月には、地方自治情報センターの協力を得て、情報セキュリティ監査の実務研修を実施した。さらに今後は、各市の職員混成で情報セキュリティ内部監査を実施するチームを編成し、それぞれの情報セキュリティの相互監査を行う計画だ。こうした自治体間が連携して取り組む事業は、各市の首長も参加して、いまさまざまな分野に展開を始めている。
新免 同じ問題意識を持った自治体が集まり、いろいろなテーマを議論して、あるべき姿を追求するのは大切なことだ。小規模団体は、よく「大規模団体ならばできるが…」というが、それぞれの地域に応じた電子行政の姿があり、そのために自ら決定し責任をもって実行することが重要だ。一方で、地方の声がなかなか届かないという現実もある。例えば、医療分野の電子化といっても大病院と診療所とを一緒に論じることはできないし、地方には地方のニーズがある。「この国のかたち」を考える上では、国民目線とともに地方目線もぜひ採り入れてほしい。
井堀 情報関連施策は経費がかかることが多く、費用対効果が計りにくいといった側面もある。しかし、現代社会では情報や技術の活用は、行政経営に欠かせないものであり、国民にその必要性を理解してもらえるよう「投資効果の評価・分析」を怠らないこととともに、「国民のニーズと満足度のリサーチ」が一層重要になるだろう。地方自治情報センターには、以前からそうした調査研究に力を入れていただいているが、より一層の取り組みを期待している。
須貝 確かに、リサーチやニーズ調査は、政策推進の基礎となるものだ。いま、地方自治情報センターでは、自治体の情報化に関連するさまざまな調査研究事業へ取り組んでいる。今年度は自治体クラウド事業の標準仕様書をまとめているほか、住基カードの多目的利用やワンストップサービスの実現に向けた総合窓口システムに関する調査研究などを行っている。これらの成果は毎年、東京と大阪で発表会を開き報告しているが、今後は地域のニーズや課題点を整理して、こちらから調査研究を働きかけるなど、より戦略的な活動展開が必要となったと感じている。

夢をかたちにするために…

新免 自治体が取り組むべきテーマは、山積みだ。
須貝 そうだね。CIOや補佐官を設置する自治体は確かに増えたが、実際に予算権限と責任を持って情報化戦略を立案・実行できるCIOはまだ少ない。今後は、国も地方も本来の役割を発揮できるCIOの存在が欠かせなくなるね。
井堀 行政内部のすべての業務を活動原価計算(ABC分析)で分析してみると、職員がいつ、どんな仕事を、どのぐらいの時間とボリュームをかけてやっているのかが分かる。これにより、職員が市民福祉等への直接的なサービスのために、どの程度の時間を充てることができているのかが見えてくる。行政は、本来国民のためにどのような役割を持って機能しなければならないのか…。何を、どのような形でサービスしなければならないのか…。夢をかたちにするためにも、電子行政の仕組みを完成させて、国民、行政(国・地方自治体)、民間企業が連携した社会を実現したい。
須貝 日本の経済社会は少子高齢化やそれに伴う労働力人口の減少、社会保障費の負担増大など多くの問題に直面している。電子行政はこの国のかたちを問い直し、社会の豊かさや国の競争力を将来に向けて再構築していくプロセスであり、その実現はいまを生きる我々の将来世代に対する責任だ。現状を考えると、もはや一刻の猶予もないだろう。国や都道府県のイニシアティブの下、国と地方間、地方自治体間で「連携」をキーワードに、いまこそ取り組んでいかなければならない。
新免 国と地方で制度や仕組みなどの見直しが始まり、新たな電子行政を確立する機も熟しつつある。この動きを今後ますます加速させることだ。厳しい財政状態や少子高齢化の進展などを背景に、日本の将来を悲観する意見は少なくない。だが、みんながその気になれば社会と未来は変えられる。電子行政の本質を見失わず、夢をかたちにするために、地方行政改革を成功させようよ!