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【特集】

タイトル

地方公共団体において財務書類の作成が着々と進んでいる。だが、新たな地方公会計制度改革の真の狙いは、自由で責任ある地域経営を進めていくための「内部管理強化」と、外部への分かりやすい「財務情報の開示」だ。
財政再建へ経営転換を迫られる市町村が、このためにいまなすべきことは何か…。会計の専門家として長年、行政経営の現場を見続けてきた税理士・公認会計士の赤岩 茂氏に聞く。

──『地方公共団体の平成19年度版財務書類の作成状況等』によれば、指定都市以外の市区町村では1,354団体(75.9%)が財務書類作成に着手しており、平成20年度には1,642団体(92.1%)が作成見込みと回答しています。こうして見ると、財務書類の整備は着実に進んでいるようです。

赤岩 そうですね。ただ、地方公会計制度改革への取り組みという点では、これでようやくスタートラインに立った段階です。特に、総務省方式改訂モデルの場合、決算統計データから「財務4表(貸借対照表・行政コスト計算書・純資産変動計算書・資金収支計算書)」が作成できますが、それを作成して終わりということにしてはいけません。会計とは「目的」ではなく「手段」です。地方公会計制度改革では財務情報の作成・公表にとどまらず、その結果を住民への財政状況の適切な開示や行政経営へどう活かしていくかが重要です。日本はこれまで、右肩上がりの経済発展・成長を遂げてきましたが、深刻な財政状況に加え、少子高齢化と人口数の減少、社会保障費の増大といういまの時代環境を考えれば、もはや景気頼みは期待できません。地方公共団体にとって、限られた財源をいかに有効活用するかは必然的な流れであり、その財政運営の判断に役立つのが会計情報なんです。そのため長期的には、すべての地方公共団体が「発生主義・複式簿記」による公会計へ移行することが必須といえますね。

会計には二つの“顔”がある

赤岩 そもそも会計には、外部報告を目的に財務書類を作成する「制度会計」と、会計情報を内部管理や経営判断に役立てる「管理会計」の2つの側面があります。制度会計については、市町村は住民・企業の委託を受けて各種行政サービスを提供しているわけで、税金をどのように使ったのか、借金はいくらあるのかなどを住民へ報告するのは当たり前の話です。これが「アカウンタビリティ」、つまり会計情報の開示・説明責任ですね。財務4表は、そのために必要な手段の一つです。制度会計が“住民”のための会計だとすれば、一方の管理会計は地方公共団体の“経営”のための会計といえます。皆さん、制度会計ばかり注目しますが、いま市町村にとって本当に重要なのは管理会計だと思いますね。
──管理会計は、会計情報をどのように活用するものなんでしょうか。
赤岩
 管理会計の目的には、「意思決定」と「業績管理」があります。最近、行政評価を導入する市町村が増えていますが、これはまさに業績管理としての取り組みです。もう一つの意思決定とは、会計情報を政策立案や計画の策定、組織統制などの意思決定を行う判断材料として活用することです。管理会計には、制度会計のように一定の会計基準や法制度など定められた“ルール”がないため、地方公共団体の独自判断で事業別・部課別などの会計データのほか、人口動態や経済動向など非会計データを加えて、情報を加工・分析して、意思決定に役立てることができます。例えば、いま小・中学校の耐震性が問題となっていますが、少子化が急速に進むなかで、すべての学校を建て替えるか、耐震工事を行うのかは、個々の団体の判断によります。しかし、多くの市町村では財政が逼迫しており、そのための資金確保が困難です。場合によっては耐震工事とともに学校の統合を考えるべきかもしれません。その場合、学校の統廃合によって子どもたちの通学が不便になる地域には行政負担でスクールバスを用意する、それでも学校を一つ維持するコストよりは安い、ということを明確に示して住民や地域に意見を問うことが必要でしょう。そのためには、資産や債務の状況を総合的に把握することが大前提ですが、長年、公会計に用いられてきた「現金主義・単式簿記」では、資産や負債といった「ストック情報(ある一時点の財産残高)」、収益などの「フロー情報(一会計期間の取引高)」を適切に把握することができませんよね。

なぜ、複式簿記が必要なのか

──とはいえ、地方公共団体にとって、「発生主義・複式簿記」はなかなか理解しづらい世界のようです。
赤岩
 カルチャーショックだと思いますよ。私自身も監査委員監査を引き受けた当初は、企業会計と官庁会計の違いに戸惑いを覚えました。ただ、官庁会計へ「発生主義・複式簿記」を取り入れようという議論はいまに始まったことではなく、明治四年には当時大蔵官僚だった渋沢栄一(編集部注・後に実業家となり500以上の企業創設に関わった人物)が提案しているんです。この時に採用されていれば、日本の財政は変わっていたでしょうね(笑)。2つの大きな違いは、「現金主義・単式簿記」が歳入歳出という現金の動きを記録するのに対して、「発生主義・複式簿記」では、現金はもちろん、現金以外の土地や建物といった資産、あるいは将来発生する退職金や利息といった負債など、すべての経済資源を対象に増減や残高を記録するものだということです。また、「発生主義・複式簿記」では、すべての取引には必ず「原因」と「結果」があると考えます。例えば、現金の減少という結果がもたらされたのは、土地・建物を現金で購入したという原因があるわけで、複式簿記では「固定資産の増加」(原因)と、「現金の減少」(結果)を同時に記録することになります。こうしたことから、4つの財務書類を作成すると「資産・負債・純資産・収益・費用」を正しく把握することができるようになるわけです。
──なかでも分かりづらいのが、減価償却と引当金です。

赤岩 例えば、1億円かけて公民館を建設したとします。この時、従来の公会計では初年度に1億円をすべて歳出として計上して終わりでした。しかし、公民館の建物や設備は翌年度以降も長期間使い続けますよね。ただ、時間が経過すると資産価値は下がります。そこで複式簿記では、1億円を固定資産という科目へ一度プールし、使用期間(耐用年数)に分割して、資産価値が目減りした分を毎年度費用として計上します。これが減価償却の考え方です。つまり、コストを特定年度だけに影響させるのではなく、実際の事業活動に合わせて、年度ごとに発生するコストとして適切に把握しようというわけです。退職金などの引当金も同じ考え方です。例えば、9年目までは職員が誰も退職せず、10年目に一斉退職すると仮定した場合、これまでの会計処理では退職金を支給する年度に支出額全額を費用に計上していました。しかし、退職金を支払う原因は、職員が毎年度勤務してきたことにあります。そのため、複式簿記では、年度ごとに退職金負担額を負債計上しておくわけです。
──将来世代にツケを回さないということですね。
赤岩
 そうですね。『新地方公会計制度研究会報告書』では、新たな公会計制度整備の目的として、①資産・債務管理、②費用管理、③財務情報のわかりやすい開示、④政策評価・予算編成・決算分析との関係付け、⑤地方議会における予算・決算審議での利用──を挙げていますが、私も同感です。なかでも一番の課題は「資産・債務管理」でしょう。また、財務書類を作成しても、それを眺めているだけではだめですね。すべての結果には原因があり、結果をよくするには原因を変えることを考えないと。その上で、いかに次年度の予算や政策、事業活動へつなげて経営を改革していくかが重要なんです。この点では、市区町村もPDCAサイクルをきちんと回すことが重要だと思います。多くの場合、非常に緻密な計画を立てますが、その判断が正しかったのか、目標に向かってきちんと進んでいるのかをチェックし、必要に応じて改善するという意識が低いと思います。経営という視点に立てば、見直しもせず、毎年ただ漫然と同じことを繰り返すのが一番怖いですね。

会計は“潰さない”仕組み

──会計の信頼性をどう確保するかも今後の課題といえます。
赤岩
 そうですね。『新地方公会計制度研究会報告書』でも、監査制度の構築を急ぐべきとしていますが、やはり第三者のお墨付きが必要でしょう。その点では、外部監査制度を有効に活用することが考えられ、会計の専門家である公認会計士や税理士の活躍が期待されますね。

──おっしゃる通りですね。
赤岩
 複式簿記をきっちり実践しても、残念ながら地域の発展や活性化にはつながりません。会計とは“潰さない”ための仕組みであり、“伸ばす”ための仕組みはマーケティングです。平成17年の国勢調査を見ると、日本の人口はすでに減少局面に入りましたが、人口減少の程度とスピードは全国一律ではありません。調査結果でも、100万人規模の大都市では人口の増加傾向にある一方で、一部地域では過疎の問題が深刻化し、このままでは地域社会の基礎的条件を満たすことさえ困難な状態に陥っています。手をこまねいているだけでは何も変わりません。地域社会の活力を維持していくためには、交流人口を増やすなどの手立てを急ぎ講じる必要があります。その意味では、地方公共団体にもマーケティング感覚が必要になったということですね。
──なるほど。会計は潰さない仕組みですか。
赤岩
 民間企業でも、会計がいい加減な会社は長くは保ちません。会計情報をきちんと把握していないと、自社の立ち位置が分からず、最悪の場合、倒産してしまいます。自治体も同じで、コストを適切に把握していなければ、投資やサービスの効率性が測定できず、資産・負債の状況も分かりません。その結果、対策が遅れて財政状態の悪化を招くという悪循環に陥ってしまう…。会計を経営に上手く活かせるかどうかで、今後、地域間格差が生じるかもしれませんね。そのためには、首長や財政部門など一部の職員だけではなく、一人ひとりが会計の意味を理解しなければいけないと思います。初めは難しいかもしれませんが、慣れれば「複式簿記・発生主義」の方が楽ですよ。会計を行政経営に活かして、現役世代はもちろん将来世代にも感謝されるまちづくりを目指してほしいと思います。