電子自治体推進を支援する情報誌「 新風」

【特集】

いま、市町村では「公会計改革」が進められている。だが、制度対応が目的ではない。大切なのは現状を正しく把握し、いかに明るい未来への活路を見出すかを考えることだ。公会計を“羅針盤”として、早くから「行政経営」へ転換してきた熊本県宇城市へその意義と今後のまちづくりの展望について聞いた。

──宇城市では平成17年より公会計改革へ取り組まれていますが、これまでの経緯を教えてください。
清原
 平成17年1月に5町(三角町、不知火町、松橋町、小川町、豊野町)が合併し、宇城市が誕生しました。新市のスタートにあたり、阿曽田清市長の市政方針により、今後の行政経営を行っていく上での羅針盤として、「バランスシート(B/S)」「行政コスト計算書」「キャッシュフロー計算書」を作成したのが、企業会計の視点を採り入れた公会計に取り組んだきっかけです。まずは旧5町の資産や負債の状況を明らかにしたわけですね。そして、平成18年には施設ごとの行政コストや施設の将来の方向性をまとめた『施設白書』を作成し、このほど平成18年度決算に基づく『包括年次報告書(アニュアルリポート)』(宇城市ホームページ参照)をまとめました。リポートの作成にあたっては学者や首長、公認会計士などで構成される「公会計改革研究会」(座長・神野直彦・東京大学大学院教授)の研究部会にご協力いただき、全国の市町村の利用モデルとすべく、「総務省方式改訂モデル」に準じたものとして作られています。

なぜ、市民へ台所事情を知らせるのか

──「アニュアルリポート」とは何か、またその作成の狙いを教えてください。
清原
 アニュアルリポートとは、情報公開の観点から、市民や議会、職員などに向けて、事業概況や財政状態、運営状況など経営内容を報告するものです。そのため今回作成したリポートは、(1)「はじめに」(宇城市を取り巻く環境や今後の市政方針)、(2)「財務報告」(財務諸表とその解説)、(3)「統計情報および将来に関する情報」(各種統計情報、今後の財政計画など)の三部構成となっています。これにより現状の姿と今後の財政運営の考え方をきちんと示すことで、市民への説明責任を果たすとともに、財政の透明性を高め、市民との良好な関係を築くことが狙いといえます。いまやどこの市町村にとっても財政健全化へ取り組まざるをえない状況で、行財政改革は最重要課題となっています。しかし、市民に自分たちの台所事情を知ってもらわなければ、思い切った改革はできませんよね。一般家庭でも収入が減り、家計のやりくりだけではどうしようもなくなれば、家族を説得し協力してもらわなければなりません。その材料がこれだということです。現在、宇城市の財政状況は自主財源に乏しく、また地方交付税や国・県支出金など依存財源の占める割合が大きいため、国や県の動きの影響を受けやすい構造となっています。そのため、基金を取り崩す一方、これまで旧5町で積極的に行ってきた資本的投資に対する借金返済が増えていることに加え、今後の宇城市のまちづくりでも借金(市債)をせざるを得ないという厳しい財政状況にあります。一般家庭に例えれば、「預金を解約しなければ生活できない」「将来負担がかなりある」ということで、まずは一日も早くこの生活に終止符を打つことが大切です。


──厳しい財政状況を市民へ明らかにし、手遅れにならないうちに改善・改革へ取り組もうということですね。
清原
 その意味では、これまでにも市民へ財務情報を公開してきましたが、理解できる人がどれだけいたか…。恐らく民間企業の経理担当者でも地方財政に精通していないと理解不能でしょう。その点、リポートは企業会計のやり方を採用しているため従来のものに比べれば分かりやすく、数字の理由付けなども面白く読んでもらえると思いますね。ただプロ向けにはこれでいいのですが、市民の誰もが理解できるという点ではまだ不十分です。今回、ひな形は完成したので、次はどのように改善すれば市民に読んでもらえるかがテーマですね。とはいえ情報公開といっても、まず職員が関心を持たなければ市民には絶対に伝わりません。市民を変えるには、まず職員から変わらなければ。リポートの内容を理解できる職員はまだほんの一部だと思いますが、まずは市のスタンスとして「財政分析を行い、それを市民に情報公開するんだ」ということを職員一人ひとりに認識してもらえればと思っています。それを通して「行政運営」から「行政経営」への意識改革、あるいは新しい仕組みや考え方が組織全体へ根付くことを期待しています。
──職員の方の反応は?
清原
 残念ながら、財政課にはまだ何も聞こえてこないですね(笑)。

必要なのはまず職員が変わること

──なぜここまで一気に公会計改革を進めることができたのでしょうか。
清原
 宇城市では、いま重要施策として「5K(教育・環境・健康・雇用・観光)」を掲げ、市民サービスの維持・向上を図っていますが、それには単に“合理化”や“削減”にとどまらず行財政システムの抜本的な改革と、職員自らが意識改革へ取り組まなければならないと考えています。この「意識改革・行政改革・財政改革」を通じて、民間企業の経営理念や手法を導入し、「成果志向」「顧客志向」「競争原理」などによって経費節減や効率的な行財政運営を目指すとともに、歳入確保・歳出抑制に努め、財政の健全化を強力に推進していく必要がありますね。経営理念・手法の導入といっても、最初のうちは阿曽田市長の言葉を職員がなかなか理解できない場面もありました。しかし、いまや職員の意識は大きく変わってきましたね。その要因の一つが、「Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)」のマネジメント・サイクルの定着だと思います。例えば、検診事業であれば、従来は「何月何日にここで検診を行います」と告知し、結果的に何人来たかを確認して終わりでした。しかし、いまでは「何年後に何%達成するのか」、そのためには「今回の検診では受診率を何%に設定するか」を問われます。すると目標を達成するための工夫が生まれ、目標に届かなかった場合は、どこに問題があったのか反省や改善につながります。当たり前のことですが、事業の目的は検診を実施することではありません。目指すのは、市民全員に検診を受けてもらい疾病予防や健康に対する意識高揚を図ることであり、その結果、医療費抑制につなげることです。職員には、そこまで考えた取り組みが求められているということです。そうした活動の成果として、検診の際に市民の意識や行動の変化に関するアンケート調査を行っていますが、これを見ると、検診後にジョギングを始めたり食生活を改善するなど、市民が何らかの行動を起こしていることが分かりました。
──職員の意識が変わった結果、市民の意識も変わってきたということですね。
清原
 また、当初予算に計上した事業は市長がヒヤリングを行って決定しますが、さらに四半期ごとに各事業の進捗状況を取りまとめ、問題があるものについては市長が進捗状況を確認します。これは従来の予算査定などとはまったく違うもので、こうした積み重ねが意識改革を促進しているのでしょうね。

未来のためにいまなすべきこと

──宇城市では、行財政改革で目指す将来像として「美しい田園風景と不知火海の文化に彩られた、未来に輝くフロンティアシティ・宇城」の実現を打ち出していますね。
清原
 熊本県は熊本市と八代市が中心で、宇城市はその両市に挟まれています。将来、両市と並ぶ都市となるには、いま何をするかが大切です。実は、宇城市には今後のまちの発展を阻害しかねない“負の遺産”があります。それは海抜マイナス地域の存在です。宇城市は干拓地が多く、市内には海抜ゼロメートル以下の地域が529ヘクタールあります。これは何十年かかるか分かりませんが、子供や孫のためにいま取り組まなければならないことです。そこで大学など研究機関の協力を得て、不知火海の土砂を除く最新技術の調査研究を行うとともに、国や県への働きかけを行っています。その一方で、宇城市を交流の拠点にしようという計画も進行中です。九州は、福岡県から鹿児島県までの海岸線沿いを九州新幹線とJR鹿児島本線、高速道路が走っています。宇城市はその真ん中に位置し、これらに加えて経済大動脈である国道3号線が南北に縦断し、東西には国道で宮崎県延岡市や天草を経て長崎県長崎市とつながるなど、九州の重要な結束点の一つとなっています。地理的にこれ以上恵まれたところはなく、まちづくりにこの利点を活かさない手はありません。その点で、いま最も待ち望まれるのが、新幹線の駅ができることですね。これが実現すれば、新幹線の路線を使った高速貨物輸送が可能となり、九州の農産物の流通拠点としての発展も期待できます。
──なるほど。
清原
 そうした構造的な課題とともに取り組んでいるのが、「市民との協働」の推進です。そのために、「自然と共生するエコタウンの構築」「白寿へいざなうセルフケアの確立」「安定した生活・産業のインフラ整備」「安全で安心できるライフサポートの充実」「ユニークな文化と心とひとづくり」──という5つの協働目標を掲げています。とはいえ、待っていてもいきなり協働の芽が出るものではありません。どうやって種を蒔くかですね。そのきっかけ作りとして、今年度から「市民提案型まちづくり1%事業」を始めました。例えば、道路に花壇を造ったり、河川の草刈りをする、あるいは子供の通学路の安全パトロールなどのボランティア活動がありますが、この事業は、そうした地域社会に貢献する事業やアイデアに対して、市民税の1%を財源として活動経費の一部を補助(上限50万円)し、市民の自主的・自発的な活動を支援しようという取り組みです。補助を受けたい組織には事業提案書を提出してもらい、その審査も市の職員が行うのではなく予め市民から募集した審査委員会で採択の可否と補助金額の決定をしてもらいます。こうしたことで事業の透明性が高まり、また行政の事業へ市民感覚を吹き込む効果も期待できるのではないでしょうか。
──ここで蒔いた種が、将来どんな協働の実を結ぶのか楽しみですね。
清原
 また宇城市はデコポン発祥の地と知られ、このほかにも多くの果物や野菜、花などの産地となっています。しかし、これまでデコポンなどはほとんど青果で取り引きされ、農産加工によって付加価値をつけるという発想がありませんでした。そこで農産物を原料とした宇城市ブランドの商品を開発し、農工商連携による起業や雇用創出を図りたいと考えています。そのために雇用創出・学住協働の拠点となる「まちなか研究室」を開設し、地域再生マネージャーが常駐して市民へ起業に関するアドバイスを行うなど、もの作りの担い手グループの連携・組織化を促進しています。また、宇城市産の商品をいかに売るかも大事で、今年7月には東京・府中市へ「アンテナショップ・どぎゃん」をオープンしました。
──確かに、PR活動は重要です。
清原
 PRの一つのキーワードが、幅広い世代から支持されているサッカーです。来年4月、宇城市に日本サッカー協会の「JFAアカデミー熊本宇城(仮称)」が誕生します。これにより宇城市の名前を全国へアピールし、将来ここから日本代表となる選手が育っていけば、さらに市の知名度アップにもつながるでしょう。また、アニュアルリポートもPR活動の一つといえますね。当初は、市の財政状況を公表するのは恥ずかしいという思いもありましたが、内容が悪くてもPRになるならばやろうと。いま日本経済新聞で決算公告も行っています。このようにいろいろな機会を通じて宇城市という名前を浸透させることで、結果的に宇城市産の商品の購入機会につながることを期待しています。

厳しいからこそ明るい未来を

──行財政改革というと、どうしても合理化や削減といったネガティブなイメージがありますが、お話しをうかがっていると元気が出てきますね。
清原
 何かを行うためには最終的にお金の話になります。やりくりは大変ですよ。だから、なるべく市のお金は使わずに知恵を絞ろうと。アンテナショップも国の補助事業「市民協働と農工商連携プロジェクト」の一環として実施しています。家庭も同じだと思いますが、辛抱や我慢だけでは家族の絆に影響を及ぼすことになりかねません。確かに節約は必要ですが、辛抱しながらでも明るい将来が見えるような生活設計がないとね。市も財政が厳しいから何もしない・何もできないではなく、厳しいからこそ将来に明るい展望を描きながら、現在を見直す必要があるんだと思いますね。
──公会計改革というと制度対応に目が向きがちですが、行財政改革という大きな流れのなかで、改めてその意義を考える必要がありそうですね。しかし、自治体間でまだ温度差があるのも事実です。
清原
 そうですね。「自治体は経営破綻しても民間企業とは違って消えてなくならない」という意識が、自治体間の温度差につながっているんだと思いますね。だから、すべての職員が一斉退職する場合に備えて退職金をストックしておくという認識も低い。また、民間であれば資産を売却して債務に充てますが、自治体の場合は道路も学校も売却できないという意見もあります。まぁ、実際にそんなことは起こらないとは思いますが、その覚悟だけはしておくべきですね。公会計改革は、単に国の指導で4つの財務指標を作成することが目的ではなく、そこから見えてくる課題やその解決策を考えるために取り組むものです。そのためにも財務諸表をきちんと作成すべきだと思います。例えば、宇城市には9億2600万円の売却可能資産がありますが、そうした資産を把握して、どのように売却していくかを考えることが大切なんです。
──その点、アニュアルリポートには市民への情報公開とともに、他団体との比較という狙いもありますが。
清原
 類似団体との比較には大変興味があります。やはり行財政改革を進めるには、財政の透明性を高めるとともに、ほかの団体との比較・分析を行い、事業評価や改善につなげることが不可欠です。ただ、現状では我々が比較したいと考えている団体が財務諸表を作成・公表していないなど、なかなか比較や分析は困難です。今後は、公会計改革が進み、また来年度以降は財政健全化法に基づき全国統一様式で指標が公表されるようになるので、他団体との比較もしやすくなるでしょう。さらに詳しい分析が行えるよう、すべての市町村でアニュアルリポートを作成してほしいですね。
──行財政改革というと、とかく財政担当者は深刻な気分になりそうですが、財政の責任者が夢をもってまちの未来を語れるのは素晴らしいことですね。
清原
 そうですね。財政担当者にとっては「連結会計のために、関係者と折衝しなきゃいけない。なんて面倒な仕事が増えたんだ」「公債比率が去年より上がった。どうしようか」とついマイナス思考になりがちでしょうね(笑)。しかし、厳しい現状や将来の財政予測を分かる財政担当者だからこそ、主体性を持つべきだと思いますよ。地方分権の進展によって、いま地方自治体には主体的な取り組みと市民の目線に立った行政サービスの提供が求められています。もはや、これまでの延長線上で行財政を運営することは困難です。これからは市政に関する情報を市民と共有すると同時に、市民へ市政に主体的・積極的に参画してもらい、協働していくことが必要です。くり返しになりますが、市民の意識を変えるためには、まず職員が変わらないと。いま、地方財政に対する市民の関心が急速に高まっていますが、財政が悪化しない範囲で将来を見越したまちづくりを進める宇城市は破綻することはないと断言できます。また、市民から評価を得るためにも、我々の今後の課題は第三者機関による「行政評価」ですね。難しい目標ですがぜひ実現したいと考えています。財政改革を進める一方で、明るい未来へ向けて種蒔きをする必要があるものはいま始める。10年後では遅いんです。将来どんな花を咲かせたいのか、そのためにはどんな土作りを行い、いつ水を与えるのか──職員一人ひとりが考え、自ら原動力となって行財政改革へ取り組むことが重要ですね。

 いま、地方公共団体の会計や監査を取り巻く環境は大変革の時代を迎えている。
 その一つが、「発生主義・複式簿記」による新たな公会計制度の整備で、市町村では資産の有効活用を図るとともに、4つの「財務諸表(貸借対照表、行政コスト計算書、資金収支計算書、純資産変動計算書)」の作成が義務付けられている。併行して、今年からは財政健全化法が求める4種類の「健全化判断比率」の公表も始まった。
 さらに今年度中には「地方公共団体における内部統制のあり方に関する研究会」の最終報告書がまとまる予定だ。これにより市町村では現在、取り組んでいる財務情報の“見える化”から、今後は財務情報の“信頼性の担保”へと意識をレベルアップさせていかなければならない。
 各市町村では財務会計システムの改修等が始まっているが、環境変化を考えれば目先の制度へ対応するだけでは不十分だ。「行政経営」の視点にたち、政策決定・判断、業績管理を強力に支援するシステムへと質的転換が迫られているといえる。