電子自治体推進を支援する情報誌「 新風」

【特集】

地方税の電子申告で、市区町村ばかりか納税者からも熱い視線を集めているのが和歌山県田辺市である。人口10万人以下の市が、なぜいま電子申告へ取り組んだのか、またその効果は──担当の山本幾生課長と上山省三主査に聞く。

額田 和歌山県田辺市といえば世界遺産・熊野古道で有名ですが、いまやその名は“電子申告のまち”としても全国へ知れ渡るようになりました。人口8万3,000人の市が下した決断が、地方税の現場へ一大センセーションを巻き起こし、特に近畿地方の市町村には電子申告導入を強く意識させたと考えています。
山本 導入当初はマスコミや他団体からの問い合わせが殺到し、税務事務の繁忙期と重なり大変でした。やはり市町村の大半は人口10万人以下のため、田辺市の例は参考にしやすいのでしょうか。夏場にはすでに複数団体の視察も予定されています。また、LGWAN─ASP方式の採用については、政令指定都市からも問い合わせをいただいています。せっかくなので、視察や取材を通じて熊野核心地・田辺の魅力を十二分に伝えたいと考えているところです(笑)。
中谷 PRには絶好の機会ですね(笑)。法人や税理士にとって電子申告のメリットは、給与支払報告書や固定資産税(償却資産)の申告が楽になることですが、実は地元の税理士としてもう一つ助かったことがあります。田辺市は平成17年5月に5団体(旧田辺市、龍神村、中辺路町、大塔村、本宮町)が合併し、面積が県全域の約22%を占める近畿最大の市です。そのため従来は社長さんの印鑑をもらいに行くのも大変でしたが、電子申告でこの問題からも解放されました。

なぜ、電子申告を導入したのか

額田 昨年8月に具体的な検討を始め、12月定例会を経て今年1月にはサービス開始と、非常に短い期間で電子申告を立ち上げました。なぜ、いま電子申告へ取り組まれたのでしょうか。
山本 昨今の税源移譲に伴う税制改正などを背景に、税務事務は今後ますます複雑多様化すると想定され、業務の抜本的な改善が不可欠となっています。この点、電子申告は納税者へのサービス向上とともに、行政にとっても業務改善の有効な手段と考えられることから、田辺市では以前から導入を検討してきました。従来は費用対効果の問題がネックとなって導入に踏み切れずにいたのですが、すべてのタイミングが合ったことでようやくスタートすることができました。
上山 これまでの導入団体は、すべて審査システムを単独で設置していますが、この方式では多額の構築費・運用費がかかります。そこで、田辺市では「共同利用方式」を念頭において、県市長会税務部会(県内9市)とも研究したのですが、この場合にも運用・管理面で課題がありました。そんな折、「LGWAN─ASP方式」の登場で状況が一変したんです。この方式は、審査システムを民間事業者が構築・運用し、市町村は利用料を払ってサービスのみを受ける仕組みのため、従来方式に比べて「費用負担の軽減」「人的負担の軽減」が可能です。加えて、平成20年1月から個人住民税(給与支払報告書等)のサービスが開始されることが、導入決断の決め手となりました。
額田 準備作業は大変だったのでは?
上山 LGWAN─ASP方式のため、システム構築で苦労したことはありません。準備作業で最も時間がかかったのが「運用マニュアル」の作成です。eLTAXは、いわば“郵便局”のようなもので、申告データはそのまま市町村へ届きます。このため、データの重複や電子証明書の添付漏れなどの場合、どう対処するか、といった細かい方針は個々の市町村が決めなければなりません。すべてが初めての作業で、どう処理すべきか判断に迷う事項もありましたが、他市の例を参考に運用マニュアルを作成しました。直前まで調整作業が続きましたが、業務プロセスの流れに沿って細かくチェックできたのは収穫でしたね。
中谷 従来は、どのように給与支払報告書を処理していたのですか。
山本 情報漏えいや原票紛失のリスクを避けるため、田辺市ではOCR機器で給与支払報告書を読み込み、そのデータを1件ずつ確認していますが、この一連の作業に膨大な時間と労力がかかっています。しかし、給与支払報告書の電子化で、これらの作業が一切不要となります。今年は、約2,400枚の個人別明細書が電子申告されました。提出件数全体に占める割合はわずかですが、これだけでも省力化効果を十分実感できます。さらに利用率が高まれば、1~3月期の業務が大幅に改善されるでしょう。
額田 スピードや正確性、費用対効果を考えたら電子申告導入しかないと?
山本 そう思いますね。電子申告は目に見えないだけに、特に納税者にとってのメリットを説明しづらいのですが、「我々の残業時間がこれだけ減り、いくらのコスト削減につながる」という数値は示せます。また、市町村のメリットは事務の効率化・高度化であり、その結果、業務の質的改善が進み、申告案内に係る印刷費・通信費などコスト削減にもつながると思います。そうした効果は規模が大きい団体ほど高いといえますが、問題は小規模団体でどこまで効果があるかですね。我々の試算では、5年後・利用率50%と仮定して、残業時間の短縮などでかなりの省力化・コスト削減ができるという結果が出ています。
額田 なるほど。
山本 ただ、田辺市だけがいくら頑張っても、目標を達成することはできません。電子申告は対応する市町村が増えるほど、シナジー効果で納税者・行政ともにメリットが高まるものであり、みんなで一緒に電子申告の底上げを図っていく努力が必要でしょう。利用率が低いから電子申告は時期尚早という見方もありますが、行政サービスが主体である以上は、やはり市町村が率先して準備すべきだと思いますね。
中谷 おっしゃる通りですね。田辺市には電子申告できても、周辺市町村は紙で申告というのでは納税者はかえって不便です。周辺市町村にも、早急に電子申告を導入していただきたいですね。
山本 ええ。平成21年10月には「公的年金からの個人住民税の特別徴収」も始まる予定で、そうなると多くの市町村がeLTAXへ参加することが見込まれます。ぜひ、そのタイミングで電子申告も開始していただきたいですね。

受け身から能動的へ、変わる業務

中谷 いま納税者に向けて、電子申告の利用を積極的にPRされていますね。
上山 はい。広報誌やホームページへの掲載のほか、所轄の税務署や県、税務協議会、税理士会などと連携したPR活動を展開しています。また、リーフレットを作成して、毎月事業年度が到来する法人へ法人市民税の電子申告を案内しており、5月には納税通知書へ特別徴収の電子申告の案内を同封する予定です。さらに、まだ構想段階ですが、大きな事業所については直接、電子申告の“営業”へ行くことも計画しています。
中谷 営業ですか?
山本 これまで行政は、税に関しては受け身の立場にありましたが、電子申告は待っているだけでは利用してもらえません。そこで、こちらから積極的に働きかけ、電子申告への理解と利用協力のお願いをしようと。行政としても電子申告へ取り組んだ成果が求められますからね。プレッシャーですよ(笑)。その点では、電子申告の導入で、早くも業務が変わってきたといえるかもしれません。
中谷 1年後、2年後の成果が楽しみですね。
上山 正直いって、最初は「田辺市の規模で本当にうまくいくのか。業務負担とならないか」という不安がありましたが、杞憂でしたね。次なる課題は利用率の向上です。これについては、他の市町村へ電子申告導入を働きかけていくことから道が拓けてくると思います。
額田 TKC南近畿会・和歌山支部としても、県内市町村へ電子申告の早期実現をお願いに行こうと考えています。電子申告は時代の流れであり、行政も税理士も対応しなければ取り残されてしまうでしょう。ちなみにTKC全国会では、平成19年度において国税が170万件超、地方税が約30万件の電子申告を実践しました。また、TKC会員以外の税理士も、若い世代を中心に電子申告実践の輪は着実に広まっています。
山本 我々としても、納税者へ利用促進を図るとともに、市町村へ広く働きかけていくことが今後の課題だと考えています。特に、小規模団体ほど導入の“とっかかり”が難しい…。この点、納税者の代理申告を行う税理士の皆さんからも、全国の市町村へ働きかけていただければ心強いですね。電子申告はみんなで推進してこそ、納税者と行政の双方にメリットがあるということを、ぜひ強くアピールしていただきたいと思います。

 地方税の電子申告は、国民が電子自治体の恩恵を実感できるものの一つです。しかし、地方公共団体が電子申告を導入する意義は、単に納税者の利便性だけに止まりません。いま、厳しい財政状況の下、地方公共団体には徹底した行財政改革が求められています。民間企業が業績悪化した場合、まずは無駄な出費を抑えますが、これは地方公共団体でも同じだといえるでしょう。
 法人の場合、ほとんどが税理士による代理申告で、納税者は税理士へお金を払って申告をしています。そして、行政では紙で提出された申告書をパンチ入力しており、その費用は税金で賄われています。
 この現状を納税者から見ると、二重に費用負担していることになります。地方公共団体にとっても、電子申告によって申告受付に関わる確認作業が不要になれば、その分、コストがかからず、また早く正確に処理できます。
 地方公共団体の皆さんは、「税金を払ってもらっているから住民へもっとサービスしなければならない」と思い込んではいないでしょうか。地域運営は本来、住民と行政が一緒になって取り組むものです。行政は住民や民間を信頼して、もっと協力を仰ぐべきだと思います。この点、電子申告は行政と納税者の協働を通じて互いにメリットが感じられるものですが、現状では「電子申告を利用しよう」というPR不足が否めません。電子申告の利用が浸透すれば、「電子申告で自らも社会貢献できる」という納税者の満足感、あるいは行政との連帯感にもつながります。
 また、そうしたPR活動においては、ぜひ地元の税理士を活用していただきたいと思います。そのためには、電子申告ができる税理士とできない税理士がいては困ります。TKC南近畿会としても、これまで国税・地方税の電子申告へ取り組んできた経験を活かし、電子申告を実践する税理士の輪を拡げ、地方公共団体の行財政改革へ貢献していきたいと考えています。